2013年11月27日水曜日

模写から学ぶ(2) : ジョージ・ロムニー

転写したデッサンに、ヴァンダイクブラウン(ニュートン社製)で明暗を付けていきます。


ここで考えなくてならないのが、原画と模写の制作時間の違いです。


一般的に言って、18世紀は絵画技術の爛熟期で、画家は自らの技巧を見せるために、依頼者の前で短時間で肖像画を描き上げるようなことが行われていたそうです。ロムニーの作品にもそのような時代背景が窺われます。このハミルトン嬢の肖像画も、勢いのある筆触と的確なデッサンで、一瞬の動きと表情を素早く捉えています。

一方模写は、形や色を原画に合わせていくので、必然的に時間がかかります。正確に合わせようとすればするほど制作期間は長くなり、原画の持つ筆触の勢いや、伸びやかさや、絵具の新鮮な発色が失われていきます。







そのために、模写する側は、デッサンや色が多少狂っても、ロムニーと同じように短時間で描くことを目指すか、または、原画の制作過程とは異なるところがあっても、時間をかけて出来るだけデッサンや色彩が近づくようにするか、選択しなくてはなりません。 これによって、絵具の練り合わせや溶剤も違ってきます。

今回Eさんは、連続して教室に来られないので、後者の姿勢で模写をされました。


そこで、確実に仕上がっていくように、原画では行われていませんが、下書きにグリザイユをすることにしました。グリザイユのメリットは、色に惑わされずに、形と明暗を追求できる点です。

描き始めは、ヴァンダイクブラウン(ニュートン社製)をメインに、寒暖の調整にカッセルアース(ブロックス社製)を加えて、暗部から進めていきます。


溶き油の加減で濃淡を調整して、豚毛の丸筆でキャンバスに摺り込むようにして描いていきます。多少のムラは気にせずに、大きな明暗を捉えるようにします。





2013年11月20日水曜日

石膏デッサンの描き方に疑問があって 【面冠女神胸像】

石膏デッサンの描き方に疑問があって、アトリエラポルトに来られたKさんの4作目の石膏デッサンを紹介します。


今回挑戦されるのは面冠女神胸像で、これも胸像として難度の高い作品です。


Kさんほど描けるようになると、最初の石膏像のセッティングが仕上がりを左右します。石膏像を見る位置や光の方向、そこから生まれる影の形や分量などを入念に決めてから、デッサンに入りました。




遠近法の枠を透して、大きな形を直線的に捉えていきます。
石膏デッサンを、大きな陰影で捉えることから始められる方も多いと思いますが、アトリエラポルトでは、シャルル・バルグ(Charles Bargue)の手本帳などに見るような、西洋の伝統的な「線から始まる」デッサンに基づいた方法で行っています。明部と暗部の境目も、形が曖昧にならないように意図的に線を入れています。
線で形が取れたら、モデリングをしてボリュームを出していきます。
前回の作品(髭の男)では、モデリングが少し荒かったので、より肌理の細かいモデリングと、形の前後関係を考えて線や明暗の強弱をつけるように注意しました。


「面冠女神胸像」 木炭紙大(650×500)の画用紙に鉛筆

約20時間かかって完成しました。

的確な形に、石膏の質感まで感じさせる、細部まで神経の行き届いた非常に完成度の高い石膏デッサンです。

特に注目すべき点は、背景を画用紙の白のままで残しているにもかかわらず、そこからもっと白い石膏像が浮き出てくるように表されているところです。これには、単に対象の盲目的な描写ではない、Kさんの緻密な造形的配慮があるからです。紙と鉛筆だけで描かれた作品ですが、そこには絵画の本質的な問題が含まれています。また、写真と絵画の違いを考える上でも、このような石膏デッサンは、大変有意義であると思います。












































2013年11月15日金曜日

模写から学ぶ(1) : ジョージ・ロムニー

今回から数回に分けて、Eさんが半年間かけて制作された模写の過程を紹介します。


Eさんの選ばれた作品は、18世紀のイギリスの画家ジョージ・ロムニー(George Romney 1734~1802)が描いた、エマ・ハミルトンの肖像(ニューヨーク フリックコレクション蔵)です。ヴァンダイクから始まるイギリス肖像画の系譜の中の代表的な作品のひとつです。

本来模写は、実物の作品を前にしておこなうのが理想ですが、Eさんご自身が、ニューヨークに滞在中にご覧になって、強く印象に残っている事と、偶然にもWeb上で非常に解像度の高い画像が入手できたので、教室で試みることにしました。教える側も、18世紀のイギリスの作品を模写した経験はなく、改めて資料を調べながら、Eさんと共に勉強させて貰いました。

*アトリエ・ラポルトの模写に対する基本的な考え方は、2012年8月8日と30日のブログ「模写をする」の1と3をご覧下さい。




まずは、ロムニーの技法を、残された作品から探ります。この時に、参考になるのが下記のような描きかけの絵です。


例えば、この作品を見ると、地塗りが中間色のグレーのキャンバスに、褐色(当時の資料から判断して、おそらくヴァンダイクブラウン)で、デッサンをしているのが分かります。
また、顔の描き始めは、かなり明るめの肌色で、モデリングしています。


この作品では、背景や服が、ダイレクトペインティングに近いやり方で、直接固有色が置かれています。このことから、かなり早描きだったと想像できます。おそらくキャンバスに絵具で描き始めてから、この状態まで1~2日位ではないでしょうか?



絵具については、ロムニーが使用していたものは分からなかったので、当時一般的に使われていた絵具に近いものから選びました。


溶剤は、ロムニーが短時間で描いているのに対して、模写は長期間の制作になるので、濃度と乾燥の調整を考えた処方を試みました。








模写制作の第1段階は、デッサンです。

原寸大近く引き伸ばした画像を見ながら、入念にデッサンしました。対象の固有の明度は追わず、正確な形を表すことに重点をおいて行いました。








                       
 出来上がったデッサンを、キャンバスに転写します。




シルバーホワイトに、ランプブラックと少量のレッドオーカーを混ぜて、温かみのあるグレーで地塗りをしておいたキャンバス(乾燥に1カ月)に転写されたデッサンを、ヴァンダイクブラウンでなぞります。(地塗りについては、2012年8月17日のブログを参照)















2013年11月5日火曜日

本の紹介 10 黒田重太郎著 「洋画鑑賞十二講」

今回紹介する本は、黒田重太郎著 「洋画鑑賞十二講」(昭和8年 立命館出版部)です。

黒田重太郎(1887~1970)は、浅井忠・鹿子木孟郎に学んだ後、大正時代に渡仏して、アンドレ・ロート(Andre Lhote 1885-1962)に師事した貴重な経歴を持つ画家です。画家としての活躍以外に多くの著作を発表して、西洋絵画の研究でも優れた業績を残しました。(当ホームページの参考文献を参照)


その中でも、鍋井克之との共著「洋画メチエー全科の研究」(昭和3年)は、その時点での日本人が知り得た西洋絵画ついての知識の集大成と言える本です。この大著ついては、またの機会に譲って、今回はそれより読みやすいのにあまり知られていない「洋画鑑賞十二講」を取り上げます。


「洋画鑑賞十二講」は昭和8年の出版で、画家の専門書と言うよりも、広く一般の人達に絵の見方を解説しようとした本です。それでも内容はフランス流の極めて論理的な方法で説明されていて、アンドレ・ロートから学んだ黒田だから書けたと言えるでしょう。


明暗について
目次は、
序講:洋画の鑑賞
第二講:形式と技法
第三講:形式と技法(承前)
第四講:技巧 形
第五講:技巧 明暗
第六講:技巧 色彩
第七講:技巧 構図
弟八講:表現 空間と運動
弟九講:表現 主題
弟十講:様式
弟十一講:鑑賞の実際
結講:洋画と現代日本人の生活
となっています。

プロポーションについて
線の種類について





セザンヌの構図について
アングルのデッサンについて
上図のデッサンの分析
アンドレ・ロートの著作の一部


アンドレ・ロート(Andre Lhote 1885-1962)は、日本ではあまり知られていませんが、フランスではキュビズムの画家として高く評価されています。また、理論家であったロートは、多くの著作を残しました。特にセザンヌの絵に対する分析では、セザンヌの歴史的評価を確固としたものにし、多くの画家に影響を与えました。  
黒田重太郎


黒田は、1921年の2度目のフランス滞在の時にモンパルナスあったロートのアトリエに入り、その厳格な方法論を学びました。語学が堪能だった黒田は、その教えを理解した唯一の日本人だったと思います。黒田の本を読むと、ロートの本からの影響が随所に見受けられます。




アンドレ・ロート





黒田には、他に「構図の研究」「素描・色彩の研究」など、「洋画鑑賞十二講」の内容の一部を、より掘り下げて解説した本があります。興味が湧いたら読んでみるとよい本です。
黒田重太郎
アンドレ・ロート
今では黒田やロートの作品は、一見時代遅れの具象絵画のように感じられますが、この本を読むと、西洋絵画の古典や伝統に通じていることが分かります。西洋絵画の造形方法に関心のある方にはお薦めの一冊です。