2017年4月21日金曜日

本の紹介 20 パノフスキー〈象徴形式〉としての遠近法

今回は、エルウィン・パノフスキー著「象徴形式としての遠近法」(木田元訳、哲学書房 1993年初版)を紹介します。

左:フランス語訳 右:日本語訳

パノフスキー(Erwin Panofsky、1892~1968)は、ドイツ生まれの20世紀を代表する美術史家です。ゴンブリッチ等と共にヴァールブルグ学派の一人で、その業績は今も高く評価されています。

幸いなことに、その主要な著書は翻訳で読むことができます。(当ホームページの参考文献参照)
古代の「角度の遠近法」






「象徴形式としての遠近法」は、パノフスキーが30代前半(1920年代)に書いたもので、短い論文と厖大な注釈からなる歴史的に重要な文献です。その学識の高さに驚嘆すると共に、絵を描く立場からも貴重な遠近法の技法書として読むことができます。


ファン・エイクの遠近法





内容については訳者による「あとがき」の中から抜粋させて頂くと、
「古代から中世を経て近代にいたる遠近法の技法の展開を広い精神史のうちにとらえ、古代の曲面遠近法、中世におけるその解体、ルネサンス期の平面遠近法法の成立、近代におけるその多様な展開を精細に跡づけてた上、これをそれぞれの時代の空間観とみごとに対応させてみせる。」
となります。


ディルク・バウツ「最後の審判」




その内容もさることながら、この本で忘れてはならないのは書かれた1920年代という時代背景です。

すでにルネサンス以来の遠近法(perspective centrale)が否定され、様式はキュビスムからアールデコに向かい、絵画は表現主義とシュールレアリスム、そしてエコール・ド・パリの狂騒の時代となっています。









アルベルティによる遠近法の作図




そのような状況の中でパノフスキーは、遠近法を単なる3次元のイリュージョンを作る手段としてではなく、象徴形式の1つとして、その価値を捉え直したところにあります。

*象徴形式:精神的意味内容が具体的感性的記号(ここでは遠近法)に結びつけられ、この記号に内面的に同化させられること。









今の日本ではデジタル写真とPC技術の応用によって、幾何学的遠近法を知らなくてもリアルな絵が描け、それがあたかも古典絵画とイコールのように考えられがちです。しかしこのパノフスキーの本を読むと、本来の遠近法の歴史的な成り立ちと精神的意味内容の重要性を見出すと共に、写真と絵画の違いについても考えるきっかけを与えてくれると思います。



2017年4月9日日曜日

風景スケッチのための画材収納ボックス

今回は野外での風景制作やスケッチに便利な道具を紹介します。

左から0号、サムホール、4号のスケッチボックス。
右がイーゼルボックス
桜の咲く季節になると、外に出て絵を描きたくなる方も多いと思います。でも油絵用具を一式持っていくのは、なかなか骨の折れることです。

そこでコンパクトにまとめて携帯しやすくしたのが、右のようなボックスです。

その原型は、西洋で野外制作が盛んに行われるようになった19世紀までさかのぼることができます。



左がサムホールサイズ(文房堂製)、右が0号(イタリア製)のスケッチボックスです。
開くと上部にスケッチ板が挿めて、下部に絵具や筆などが入れられ、スライド式の蓋がパレットになります。



箱の裏に穴が開いていて、パレットを持つように親指を入れると、そのまま手に持って描くことができます。




ちなみに「サムホール」というキャンバスのサイズの語源は、このスケッチボックスに開いた穴から来ています。









これは1900年頃のルフラン社のカタログに載っていたものです。



旅行などに持って行くには、大変便利なボックスです。



これは4号サイズのスケッチボックス。

筆者がイタリア製の絵具箱を改造して作りました。この大きさになると手に持つのは無理なので、座って膝に置いて使います。


最後はイーゼル付きボックス(フランス、ジュリアン社製)

野外で腰を据えて制作するにはお薦めの逸品です。
ボックス部分は金属製で、筆も絵具もたっぷり収納できます。イーゼル部分はスライド式で高さが自在に調節でき、横向きなら30号まで置くことが可能です。しかも安定性抜群です。ただ、絵具などをいっぱいに詰め込むとかなりの重量になり、専用のベルトで背負っても長距離を歩くのは大変です。





この絵は、クールベ作の「こんにちはクールベさん」(1854年)です。

右側の人物がクールベ自身で、背負っているのがこのボックスと言われています。

この頃になると画家が自然を前にして描くことも多くなり、そのための用具が発達したと考えられます。




今では旅行先で写真を撮っておいて、家に帰って油絵にすることもできますが、自然の光や空気を感じながら、変化していく風景を捉えようと格闘するのは、絵を描く大きな喜びの1つだと思います。