2020年6月29日月曜日

コレクション:石版画 レオン・ボナ 「ヨブ」

今回紹介するアトリエラポルトのコレクションは、19世紀フランスアカデミーの重鎮レオン・ボナの絵の石版画(リトグラフ)です。年老いたヨブを描いたもので、版画家の名前は不明です。

非常に宗教臭い作品なので敬遠される方もいるかと思いますが、19世紀後半のフランスアカデミー絵画を代表する作品のひとつです。

「ヨブ」石版画(500×380)制作年不明






ド・ラ・パヌーズ子爵夫人の肖像
西洋美術館蔵

レオン・ボナ(1833~1922)は肖像画家として、またパリのパンテオンに壁画(聖ドニの殉教)を描いた画家として知られています。晩年はパリの美術学校の学長を務めました。


現在、故郷のバイヨンヌにボナが集めた美術コレクションを基にして設立された美術館(Musee Bonnat)があります。

2015年に上野の西洋美術館でも肖像画を購入、展示されるようになりました。









筆者がボナの絵を初めて知ったのは、学生時代に使っていたアーノルド・モローの美術解剖学の本の中からです。



その解説の中でモローは、
「19世紀後半のフランスアカデミーの大家レオン・ボナによるこのヨブ像は、解剖学的に極めて正確な骨格・筋肉・血管によって、痩せた老人を表現している。」
と書いています。








石版画(lithograph)は19世紀に生まれ、その制作のしやすさで急速に普及します。
ドーミエやロートレックが好んで使用した方法です。

アトリエラポルト所蔵のこの石版画は、ボナの原画を驚嘆する技術で忠実に再現しています。モローの解説通りのデッサンの正確さを余すところなく伝えています。







このような表現は、ただ漠然とモデルを見て描いても不可能で、美術解剖学の深い知識の必要性を感じさせてくれます。



2020年6月21日日曜日

三原色で始める

今回は油絵具を使って初めての彩色を試みた受講生の制作過程を紹介します。

M.tさんは、アトリエラポルトで絵を学ばれて2年半が過ぎました。
週1コマの受講で石膏デッサンから油彩グリザイユへと、一つずつ時間をかけて課題をこなされてきました。一般的な意味での「油絵」を描くのはこれが初めてですが、デッサンと明暗の捉え方を習得されると油絵の上達が早いのが分かります。



まずは、画用紙にキャンバスと同じサイズで鉛筆デッサンします。

油絵の下書きとしてのデッサンは、形を遠近法に従って正確にとることが目的なので、モチーフの固有の明度を表す必要はありません。



トレーシングペーパーでデッサンを転写した後、バーントアンバーで影をつけてから、着彩に入りました。



使用色は、シルバーホワイトとバーントアンバー(黒の代わり)に、イエローオーカー、レッドオーカー、ウルトラマリン、の彩度の低い三原色で始め、次第に彩度の高いカドミウムイエロー、カドミウムレッド(またはマダーレーキ)を加えていきました。



チェリー・リンゴ・レモン(F6号)


油彩画の技術の説明をしながら約3か月、コロナ禍で教室を閉める前に完成しました。
いきなり彩度の高いモチーフを選ばれたので驚きましたが、ハレーションを起こすことなくうまく空間の中に収まりました。それはデッサンやグリザイユで練習してきた、色を明度で見る成果だと思います。

三原色の混色による色の再現は、調和を得やすい反面、発色の鈍い絵になりやすいのですが、カドミウム系の彩度の高い絵具をおもいきって使い、鮮やかな絵に仕上がってます。
これに、デッサンの精度を高めながら、色のニュアンスや響き合いを加えていくことが、次の作品の課題だと思います。




2020年6月14日日曜日

コレクション:銅版画 アングル「レオナルド・ダ・ヴィンチの死」

コロナ禍で長らくお休みを頂いてたアトリエラポルトも、6月10日から再開となりました。感染対策を踏まえながら、より良い制作環境になるようにしていきたいと思います。


その一つとして、アトリエラポルトで参考資料としている収蔵作品をできるだけ教室内で展示し、「コレクション」と題して、このブログで随時紹介することにいたしました。








初回は、アングル作の「レオナルド・ダ・ヴィンチの死」の銅版画です。






原画は、パリのプチパレ美術館にあり、それを基にJules Richommeが銅版画にしたものです。制作年代は、おそらく1800年代の前半で、ほぼ原画と同じサイズ(500×390)です。






銅版画の技法を駆使して再現したもので、その技術は驚異的です。
近づいて見ると、ビュランによる繊細なハッチングが分かります。
このハッチングの方法は、鉛筆デッサンのモデリングや明暗のつけ方の大変良い参考になります。


また、物理的には白い紙と黒いインクだけの世界ですが、衣類の光沢や影の透明感や深い奥行きまでリアルに再現されています。油絵の絵具やメジュームにどんなに優れた物を使っても、デッサンでこのような表現ができないと、アングルのような古典絵画にはなりません。


名画の銅版画による複製は、16世紀頃から作られるようになり、18世紀から19世紀に技術的な頂点を迎えます。それが、写真製版の普及によって急速に失われていきました。新しい技術の進歩に淘汰されたとも言えますが、銅版画による複製には写真にない高度な手仕事の美しさがあります。教室での制作の参考と目標になれば幸いです。