2022年5月29日日曜日

ロダンの石膏像を描く

今回は新しく購入した石膏像、ロダン作「ヴィクトル・ユゴー胸像」を描いたデッサンを紹介します。

作者はアトリエラポルトで学ばれて1年のCGクリエーターKさんです。


原型は、1880年頃に粘土で作った像をブロンズで鋳造してものです。

多くの石膏像が理想化された形態で美しく作られている中で、この像は現実の人物に則して作られています。生のモデルさんに近い感覚で描けるのではないかと購入しました。

ところが白い石膏像にすると指の跡がよくわかって、ロダンの息遣いを感じさせるのは良いのですが、デッサンをするにはやっかいな痕跡です。


ここでは人物デッサンの練習と考え、表面のマチエールより人体としての形態を重視する方向で描いて頂きました。



最初は髪の毛や髭など複雑な形も、線とその強弱だけで表すようにアドバイスしました。
陰影を付けることで形が曖昧になることを避けるためです。



影の分量の少ないライティングで、形のモデリングと前後関係に徹底的にこだわって制作を進めました。背景を描かないデッサンでは、石膏の白さを保ちながら明部をモデリングするのは大変デリケートな作業になります。5H以上の硬い鉛筆も必要です。




ロダン作「ヴィクトル・ユゴー胸像」(650×500)
画用紙に鉛筆

約35時間かけて仕上げました。石膏の白さを保ちながら細部の形のボリュームまでよく描き込んだデッサンになりました。現実の石膏像は、周囲からの反射や背景とのコントラストによる錯覚で、そのまま引き写すと形が曖昧になったり、二次元の平面ではボリュームが出ない箇所がいくつもあります。Kさんは、じっくり時間をかけて解剖学や西洋の美術学校のデッサンを参考にしながらそれらの解決を試み、結果として大変質の高い石膏デッサンになったと思います。




2022年5月22日日曜日

古い絵のクリーニングについて: その2

 

古い絵のクリーニングの過程の後半を紹介します。

このくらい古いニスが取れてくると絵の全体の感じがわかってきますが、同時にどの程度までニスを取るべきか迷うところです。

この画家の他の作品資料を見ると、描いた当時はかなり背景がグレーで果物の色も鮮やかだったようです。しかしそれに近づけようとすると、オリジナルの絵具も取ってしまう恐れがあります。特に上層のグレージングはニスとの識別が極めて難しいところです。


古いニスをどこまで取るかについては、それぞれの国の美術館や修復家の間でも意見が異なります。

大雑把に言って、イギリスやアメリカでは古いニスはすべて取るのに対して、フランスでは絵を傷めないようにわずかに残すようにしています。

そのために同じ画家の作品でも、イギリスやアメリカの美術館の収蔵作品とフランスの美術館の収蔵作品とでは異なった印象を受けることがよくあります。



余談ですが、現在開催されているメトロポリタン美術館展の作品は、どれも驚くほど綺麗にニスが取られてました。また、その前に開催されていたフェルメール展の中の「窓辺で手紙を読む女」は、修復によって壁から画中画が表れて話題になりましたが、絵の表面のツヤむらが激しく、オリジナルの絵具層にかなりのダメージを与えたのではないかと心配になりました。


今回のクリーニングでは、絵の見栄えよりも安全性を優先して、鑑賞に差し支えない程度にニスを残すことにしました。個人的にも時代を経た感じがあった方が自然に思います。



クリーニング終了


クリーニング前

仮引き用ニスを塗って、ツヤを整えます。






断続的に約1か月かかってクリーニングが終了しました。修復全体としては穴埋めや剥離の補修やリタッチなどもおこないました。絵画教室でこのような絵の修復作業を見れるのはまれな事だと思います。受講生の方々に絵の修復の難しさと「油絵の神秘」を感じて頂けたら幸いです。


2022年5月14日土曜日

人物画(裸婦)の描き方 第2回

 アトリエラポルトの講師による裸婦の制作過程の2回目をYouTubeにアップしました。

今回は油彩編です。第1回でご覧のように、かなり描き込んだデッサンをしたので、それを基に事前にキャンバスにデッサンを転写し油絵具で下書きをしてから始めました。モデルさんを見て描ける時間には限りがあるので、この方法は大幅な時間の節約になります。20分ポーズ全12回でどこまで描けるかご覧ください。



*スマホでご覧の方で動画画面が出ない場合は、ウエーブバージョンにするとご覧頂けます。


2022年5月6日金曜日

古い絵のクリーニングについて : その1


最近教室で受講生にプロセスを公開しながら、19世紀中頃にイギリスで描かれた絵の修復をおこないました。今回はその過程での画面のクリーニングについて、2回にわたって紹介します。

この時代に描かれた絵は、後世に何らかの修復を受けていることが多いのですが、この作品は珍しく当時のままの状態で残されていました。そのために、表面のニスの劣化が酷く、画像がわからないほどに暗く変色してました。150年ほど経つとニスがどのようになるかがわかります。


額も当時のままのようです。


額とキャンバスの隙間をコルクで調整しているのに時代を感じます。


幸い絵具の剥離はわずかで、キャンバスも裏打ちの必要がないほど良い状態でした。




ニスの除去にあたっては、さまざまな溶剤を弱い順に試してみて、適度に反応する組み合わせをさがします。ニスの良く取れる溶剤は綺麗にしやすい反面、オリジナルの絵具も溶かしてしまう恐れがあります。その判断は難しく、修復家の技量と考え方が問われるところです。



溶剤が決まったら画面の隅からクリーニングを始めます。





とりあえず、半分までクリーニングをおこないました。