2014年7月30日水曜日

石膏像のグリザイユ


アトリエラポルトに来てから1年以上に亘って石膏デッサンに取り組まれてきたKさんが、油絵に移って描いた3作目の作品を紹介します。


今回は、グリザイユで石膏像の「ラボルト」を描きました。「ラポルト」の原型はパリのルーブル美術館に所蔵されています。ギリシャのアテネにあるパンテェオン神殿のフリーズ彫刻の一部で、かなり高い位置にあったものです。そこで石膏像も高い所に置いて、下から見上げるようにセッティングしました。

始めにキャンバスと同じ大きさ(F10号)の画用紙に鉛筆でデッサンをしました。

出来上がったデッサンをトレーシングペーパーを使ってキャンバスに転写しました。














転写したデッサンを溶き油に少量の絵具を加えて定着します。



いよいよ油彩になりますが、今回Kさんには、アトリエ ラポルトでも初めての試みとなるグリザイユの方法で描いてもらいました。

一般的に言ってグリザイユ画は、白と黒の油絵具を使って描くことが多いと思いますが、1900年頃にフランスで出版されたエルンスト・アローの本には、多色で描くグリザイユ画の方法が載っています。





Ernest HAREUX
Cours complet de Peinture a l'huile
左のアローの本より


                                                                                                                 
アローの考え方は、白いモチーフを描くことで結果的にグリザイユになるというものです。使う絵具は、3原色をベースにした多色です。この方法の良い点は、見た印象に近い色合いで描けるところです。また寒色暖色の違いによる光と影の表現やモデリングがやり易くなります。ただ慣れないと色彩的混乱を招きますので注意が必要です。               




この絵でKさんが使った絵具は、
イエローオーカー、レッドオーカー、ウルトラマリンの3原色にランプブラック、バーントアンバー、ローシェンナ、シルバーホワイトです。

また、ガラスパレットの下に中間明度のグレーの紙を敷くことで、色合いと明度を測りやすくしました。












セッティングは、ニュートラルグレーの背景に、台には多色の効果が表われるようにダークブラウンの布をかけてみました。



Kさんは油絵を始めて間のないので、油絵具に慣れてもらうために、技法的な事には拘らず自由にパレット上で絵具を混色して、対象に近い色を作って描くようにアドバイスしました。













自然な空間とボリュームを表すために、背景に対して石膏像が暖かく感じられるように、また光の当たっている部分に対して影は冷たくなるように心がけてもらいました。


また、反射光などにテーブルクロスの色の反映を見て取るように注意しました。













「ラボルト」 F10号


油絵を始めたばかりのKさんですが、徹底して石膏デッサンをやってきただけに、完成度の高いグリザイユになりました。パートのある絵具でしっかりとマチエールを作った上に、デリケートな色合いや明暗の変化も良く表現されています。今回初めて試みたアローの方法の成果も出ていると思います。








アトリエ ラポルトでは、今後もデッサンから油絵を繋ぐ過程として、アローの方法も取り入れていきたいと考えています。











2014年7月19日土曜日

本の紹介 13 : 浅井 忠「小学画手本」

今回は、ちょっと変わった本を紹介します。

明治29年に出版された図画教科書の一部で、浅井忠による「高等小学校図画科生徒用教科書」です。(港堂書籍株式会社発行)

一編に15枚の木版による手本画(21cm×14.5㎝)が載っています。全部で八編から成っていましたが、その内の第三編と第五編をアトリエラポルトでは所蔵しています。

明治期から始まる学校教育は、早い時期から普通教育の中に図画の科目がありました。その授業の中心は絵手本の模写でした。手本とした絵は、始めは西洋の本からの引用が多かったようですが、次第に日本人の画家によるものが表われてきます。それらの制作に関わった画家は、工部美術学校でフォンタネージの教えを受けた人達が多かったようです。ここで紹介する浅井忠をはじめ小山正太郎、高橋源吉、印藤真楯、中丸精十郎などが上げられます。


一編から始めて編を重ねるごとに難度が高くなるように編集されています。

右は、三編の最初の図で陰影を付けずに線だけで対象を表しています。浅井の描いた原画を木版にして摺ったものです。
第三編の二図
第三編の十二図
第三編の十四図
第五編の一図

第五編になると陰影が付いてきます。
第五編の二図
第五篇九図
第五編の十二図

第五篇の陰影を付けたデッサンで注目して頂きたい点が、対象の影は描いているのですが固有色の明度は表していないところです。

例えば、右図の門の屋根は茅葺ですが、その明度は描いていません。上の九図の木のデッサンも幹の明度はつけていませんし、次の一五図の水車も同様です。つまりどの対象も白い物体(石膏像のような)として捉えています。
第五編の十五図
フォンタネージ作 「二人の工部美術学校生徒」
















この手本集に見るような臨画の過程は、デッサンの基本を「存在する形を線で表す」という西洋のアカデミックな考え方から来ています。それを浅井忠はフォンタネージから学んだのだと思います。

西洋の古典絵画に関心をお持ちの方は、是非とも明治時代初期のフォンタネージに学んだ画家達の作品も見て戴きたものです。そこには、アカデミックな西洋画を必死に学ぼうとした先人の姿と、それを理解するためのヒントが詰まっています。





余談ですが、以前このブログで紹介した、アトリエラポルトで受講生の方に描いてもらっている白いモチーフのデッサンは、この手本集を参考にしています。




2014年7月10日木曜日

裸婦デッサン 3

アトリエラポルトの講師が描いた裸婦デッサンの紹介の3回目です。 
いずれも中間色のキャンソン社製ミタント紙に、白と黒のコンテ鉛筆で描いたものです。


裸婦デッサン (550×375)


裸婦デッサン (550×375)


裸婦デッサン (550×375)




2014年7月3日木曜日

大きいサイズの静物画を描く 2

前回から引き続いてSさんの制作を紹介します。

いよいよオブジェを描いていきます。

天秤秤は、この絵の重要テーマだと思います。出来るだけ克明に表現したいところです。

まず、下色として固有色を少し暗めにして置いていき、ハイライトに向かって描き起こしました。

影を透明感をだしながら強めていきました。

影の暗さが決まることで、明部のハイライトの明るさも決まってきます。ハイライトは、固有色よりも若干暖かい色調にすると自然な光の印象になります。

オブジェを描き進んでいったら、背景が明る過ぎたので全面的に塗り直しました。しかし、下層が乾いている場合これは大変難しい決断で、明度や色合いは合わせられますが、よほどうまく塗らないと発色が悪くなる上に、絵具が表面に浮いた感じになってしまいます。


細部を描き込んでいきます。ここまでは、大きさの割には早く出来ましたが、ここからが時間がかかりました。

















髑髏のある静物 F30号



おおよそ100時間かかって仕上がりました。

その間に仕事の関係で中断した期間が何度かあり、絵具が乾ききった上に描き加えていく作業が多くなってしまいました。本来古典的な技法は、生乾きの状態で絵具を重ねていくことで、滑らかなモデリングと深みを出していくものです。そのために、塗り直した背景や影の部分などの絵具が浮いて見える(溶け込んでない)のが残念です。


それでも描写や色の見方にSさんの持ち味のでた良い作品になったと思います。これに大きい画面に必要な構成力が加わればもっと素晴らしい作品になることでしょう。

仕事をしながら絵を描き続けていくのは大変なことですが、いづれは集中して制作に取り組める環境が整うように祈っています。