2016年10月16日日曜日

本の紹介 19 額縁についての本 

今回は額縁について書かれた本を紹介します。

絵を描く人は誰しも、絵を額縁に入れたら見違えるようになった経験をお持ちだと思います。
額縁は絵の見えや表現に大きな影響を与えます。

西洋では昔から額縁に関する本は沢山あり、今でも美術書専門の本屋に行けばハウツー本から専門書まで数冊は置いてあることでしょう。しかし日本では明治以降その類の文献は極めて少なく、ここで紹介するアトリエラポルトの蔵書が代表的なものと言えるでしょう。




「絵の科学」
 山下新太郎著 錦城出版社 昭和17年


当時のフランスの代表的な技法書(モロー・ヴォアチエやヴィベールなど)をベースに 画家である筆者の経験と識見をまとめたもの。



その中に「額縁について」という項目があり、約10ページにわたって挿絵付きで額縁の様式についての記述があります。



日本で西洋の額縁の様式について書かれた初期の文献だと思います。




「額縁の歴史」
クラウス・グリム著 前川信子訳
リブロポート出版 1995年


現在日本で入手可能な文献の中で、最も詳しく額縁の歴史と様式を説明しているもの。




おもしろい例を上げると、右の画像はアングルが自分の絵に合わせてデザインした額縁。

絵の中のドレスの模様と額縁の装飾が呼応しているのが分かります。


このように西洋では、画家が額のデザインをするのは珍しくなく、その良い例をラファエル前派の作品に見ることができます。















「額縁と名画」
ニコラス・ペニー著 古賀敬子訳 八坂書房 2003年 


額縁鑑賞の入門書。

豊富なカラー写真と読みやすい文章で、額縁の歴史について解説しています。


展覧会で絵を見る楽しみが増えると思います。

















「画家と額縁」 
西宮市大谷記念美術館図録1999年

前述の3冊はどれも西洋の額縁について書かれてものでしたが、日本での額装の歴史を知るにはお勧めの文献です。

幕末から始まった西洋絵画の受容の歴史は、額縁の歴史とも重なります。本来様式的に異なり、構造的にも油絵を飾るような壁のない日本家屋にどのように適応させるか。先人達の苦心の跡が偲ばれます。



また画家自身が作った額の例も載っていて、大変興味深い図録です。
















「額装の話」 
岡村辰雄著 多聞堂 昭和30年


日本家屋に合う独自の額装作りを目指し、その礎を築いた岡村辰雄氏の書いた本。

本の装丁を安井曾太郎がおこなっていることからも、いかに画家に信頼されていたかが察せられます。

岡村氏は表具師から始められ、時代の建築に合わせた日本画の額装作りへと進まれました。







今では当たり前になった日本画の額装は、氏が確立したと言えるでしょう。




その額装スタイルは洋画家からも支持され、梅原龍三郎や安井曾太郎の作品の多くに使われています。




今では、絵の制作と額縁の制作は別物になっていますが、西洋では初期ルネサンス時代まで額縁と絵は一体化していました。 遠近法が誕生して、絵は「描こうとするものを眺める開いた窓」(アルベルティ)となってから、額は窓を縁取る装飾となったと言えるでしょう。その分、建築や室内の様式と密接にかかわりを持ちながら時代とともに変化してきました。

「額縁は個人のセンスで選ぶもの」とお考えの方は多いと思いますが、ここで紹介した本のような歴史と様式を知ることは、額縁を選ぶ時の助けになると思います。




2016年10月7日金曜日

イラストレーターの基礎として

今回はイラストレーター志望のT.sさんの作品を紹介します。

T.sさんは空想上のモンスターを描くのを得意としてますが、より一層リアルに表現するには西洋絵画の基礎が必要と考えてアトリエラポルトで学ばれています。


ラファエル少女像 画用紙に鉛筆 (450×270)




髑髏 ヴィフアール紙に木炭 (370×280)




鹿の頭骨 ミタント紙にチャコール鉛筆の白と黒 (370×280) 





恐竜の模型 油絵グリザイユ (F4号)





















ダビデの目 油絵グリザイユ (F6号)




アメリカでは優れたイラストレーターの肉筆作品は、芸術作品として高い評価を受けています。そこには西洋絵画の伝統的造形方法や技法との共通性を認めるものも少なくありません。T.sさんのこのような基礎練習が、素晴らしい作品の創造に役立つように願っています。

2016年9月24日土曜日

中間色の紙に描く石膏デッサン


今回は久しぶりに中間色の紙に描いた石膏デッサンを紹介します。

画材:
木炭(伊研No.800.830.980.)
黒チャコール鉛筆(GENERALl社製6Bソフト)
白パステル鉛筆(FABER CASTELL社製ミディアム)
白チョーク(FILA社製)
ミタント紙(キャンソン社製)
擦筆、セーム皮、練り消しゴム

石膏像は、バルバローニ作の少女像です。 


まずは木炭で石膏像を線によって捉えていきます。

日本で一般的に行われている木炭デッサンでは、陰影で捉える方法が主流ですが、形が曖昧になりやすい上に、今回のように白チョークを使うデッサンでは、木炭が混ざって汚くなります。




全体を明部と暗部に大きく分けて、暗部から描き進め明部へと移っていきます。

明部は白チョークを使いますが、ハイライトを中心とする最も明るい所から置いていきます。


セーム皮や擦筆を使って、白チョークを紙に馴染ませながらモデリングをしていきます。細部や細い線を引きたい時には白のパステル鉛筆を使います。

このデッサンでは背景は描かずに中間色の紙の明度を残しますが、机の面は石膏像の周囲だけ最小限度の光と影を描きの空間の暗示をおこないます。


















バルバローニの少女 (272×224)



このような手法の石膏デッサンは19世紀の後半の西洋の美術学校で行われていて、ピカソ初期のデッサンにもその例を見ることができます。

ピカソ作(1895年)














作者のO.yさんは中間色の紙に描くのは初めてで、白チョークによるモデリングに苦労されました。結果として個々の形のボリュームが少々甘くなりましたが、この手法による効果が良く表れたデッサンになったと思います。



2016年8月26日金曜日

フランス人形を描く


今回は人形をテーマにした制作を紹介します。

人形をモチーフに描かれる方は多いと思いますが、その中でも特に人気の高いフランス人形を取り上げます。










ジュモー人形の写真集


19世紀後半にフランスで製作された人形の中には、頭部が磁器、ボディーが木や木の粉や厚紙等を固めた物で作られていて、関節が動かせるようになっているものがあります。ジュモー、ブリュー、ゴーティエ、などがその代表的な工房です。日本の抱き人形の影響があったと言われています。

1970年頃から日本ではモチーフに使われるようになり、小磯良平をはじめ、田村幸之助、小松崎邦雄、中村清治などの絵にしばしば登場するようになりました。










今回K.rさんの選ばれてた人形は、19世紀末に制作されたジュモーのレプリカでイギリス製のものです。


クレサン社製の中目のキャンバス(66番)に、鉛筆デッサンを転写して、ヴァンダイクブラウンとシルバーホワイトで明暗をつけていきました。

その後、徐々に固有色を加えていきます。













複数のモチーフの組み合わせで魅せる作品でない分、細部の装飾などにも気を遣う必要があります。

元は子供の玩具として作られた人形でかなり様式化されていますが、よく見ると意外に解剖学的にも正確なのに驚かされます。


















人形 F8号



週1回半日の受講で約4カ月かけて仕上がりました。

柔らかいトーンの表現が持ち味のK.rさんの特徴がよく表れた絵になったと思います。色合いの微妙なニュアンスも綺麗です。

これまでの作品は絵具が薄くなり過ぎる傾向がありましたが、今回は中目のキャンバスの凹凸が気にならない位、しっかりと絵具がのった美しいマチエールになりました。これに構成上の魅力が加わるともっと良くなると思います。


額装して部屋に飾っても良い作品です。










2016年8月1日月曜日

19世紀の技法に魅せられて : 2

左:原画  右:模写

H.mさんの模写が完成しました。


このようなクラッシックな絵のマチエールを得るには、生乾きの状態で絵具を塗り重ねるのが基本となります。H.mさんには週2回午前・午後のペースで集中的に制作して頂き、約1カ月半でし仕上げました。










模写:キャンバスに油彩 (560×490)





H.mさんは、すでにアトリエラポルトで模写を経験していますので、今回は特に技術的なアドバイスをすることはありませんでした。

模写は単なる原画の引き写しではなく、原画の中の様々な技術的・造形的工夫を発見していくことに意味があると思います。















例えばこの模写で最も苦労した所は肌のデリケートな中間色の作り方で、原画は塗り重ねの効果(オプティカルグレー)で出しているのに対し、模写ではパレット上での混色に頼りがちです。

結果として原画と比べると、明度の差が強く感じられます。それが失敗と言うのではなく、新たな課題の発見と考えて頂けたらと思います。















とは言っても、時間的制約のある教室で、これだけ完成度の高い模写を短期間で仕上げた技量と集中力には驚かされます。

この経験が、H.mさんの制作に生かされていくことを願っています。










2016年7月22日金曜日

19世紀の技法に魅せられて : 1




すでに若い世代の画家として活躍しているH.mさんが、19世紀の技法に魅せられて模写をされました。その制作過程を紹介します。












原画はアトリエラポルト講師所有の作者不明の19世紀新古典主義に繋がる作風の絵です。技法と服装から1830年頃に描かれものではないかと推測しています。

(この絵の修復過程は、このブログページの右側にあるラベルの「修復」をご覧下さい)





透明シートを使って直接原画をトレースしてキャンバスに転写しました。

キャンバスは原画と同じ位の目の粗さのものを探してきて、シルバーホワイト、アイボリーブラック、少量のローアンバーで全面に薄くグレーの地色を付けています。



転写したデッサンを、原画を見ながらより精度の高いものにしていきます。














カッセルアースにレッドオーカー、ブラウンオーカーで色味の調整をしながら、描き始めはカマイユのように描いていきました。

練り合わせや溶き油については、H.mさんが調合されてきたものを使いました。樹脂とスタンドオイルを基にした濃厚な溶剤です。














次第に固有色を加えていった段階です。

肌などの明部は、主にシルバーホワイトで明るめに描き起こしていきます。


肌の明るい部分の微妙な明暗や色合いの変化は、できるだけオプティカルグレーで作るようにアドバイスしました。

続く


2016年7月9日土曜日

面冠女神像に挑戦

昨年10月からラポルトでデッサンを学ばれているO.yさんが、難度の高い面冠女神像に挑戦されました。その制作過程を紹介します。


















今回の石膏デッサンは当アトリエでの5枚目で、これまでに描いた作品は次のとおりです。
(すべて画用紙に鉛筆)

1作目
2作目
3作目
4作目





いつも通り、線で形を捉えることから始めました。
形の複雑な石膏像ほど、この段階では細部に拘らずに大きな構造を掴むことが大切です。


















線で出来る限り形を描いた後、明部と暗部の境を決めて、暗部から描いていきました。


















明部に移ります。石膏の白さを保ちながら描き込むのが難しいところです。


面冠女神像 (650×500) 画用紙に鉛筆


焦らず、時間をかけて(40時間以上)、入念に仕上げた大変完成度の高い作品になりました。過去の4枚のデッサンと比べても格段に上達しています。

試行錯誤しながら、形やボリュームや前後関係を追っていき、「もうこれ以上描けない」と言うところまで描き込んだ作品です。しかも、背景の画用紙の白に対して、石膏像がより白く感じるように明暗のコントロールが行き届いてます。



このようなデッサンは、単に対象の引き写しではできない、省略や強調や解剖学的な形態認識など造形的思考を学ぶことができます。それは写実的な絵画から抽象画に至るまでの、幅広い表現方法の基礎となることでしょう。