2025年5月6日火曜日

1873年に描かれた絵の修復 その2

前回に引き続き1879年に描かれた絵の修復報告です。今回はリタッチとニス塗りを紹介します。

絵具の剥落部分は150年程前に描かれた絵としては少なく、最も大きなところで1.5cmで、あとは米粒大が2〜3箇所でした。




はじめに欠損部分の穴埋めをします。(Masticage)

白亜を膠水で練った充填材を欠損部分に入れ、絵具層と同じ高さにして、はみ出た所を水を含ませた綿棒で拭き取ります。





充填材が乾いて固まってから、周囲の色と合わせます。(Retouche)
使う絵具は、下色に水彩絵具、油絵のツヤと透明感を出すのにマイメリ社製の修復用絵具レスタウロ( RESTAURO)を使います。

左側がレスタウロ、右側が水彩絵具



オリジナルの絵具層にはみ出さないように、慎重に周囲の色と合わせていきます。


リタッチ終了。



最後に仕上げのニス引きです。
今回はターレンス社製の合成樹脂のニスを使用しました。


刷毛にニスをたっぷりと染み込ませた後、よく搾ってから塗るのがコツです。


ニスのムラができないように素早く塗ります。



修復終了です。週1回の受講時間の合間で作業をおこなって約半年かかりました。
修復を経験すると、今までに見えなかったり気づかなかった絵の奥深い内容を知ることができます。絵を甦らせた喜びと共に、遥か昔の作者から時空を超えて教わっているような感覚になるものです。Kさんのこれからの制作に生きていくことと思います。






2025年5月5日月曜日

1873年に描かれた絵の修復 その1

 今回はアトリエラポルトの受講生Kさんが、海外のオークションで購入した絵の修復過程を紹介します。作業はKさん自身が行い、それを筆者がサポートする形で進めました。

絵の作者はサインからフェルディナンド・ファーゲルリーン(Ferdinand Fagerlin.1825-1907)というスウェーデン生まれで主にドイツで活躍した画家と判明しました。若い頃パリでトマ・クチュールのもとで学んでいます。 

届いた時の状態は、画面がニスの劣化により暗く、部分的に絵具層が浮き上がり、剥落とひび割れがありました。



幸いキャンバスは裏打ちされずに、オリジナルのものが140年以上経ったとは思えないほど良い状態で残ってました。


修復は、これ以上の劣化を防ぎ、鑑賞に耐えうる状態に戻すための最小限度の作業に止める方針でおこないました。


まずは浮いた絵具層の再定着です。
接着剤としてはゼラチンを使いました。


湯煎して水に溶かした液を、暖かなうちにひび割れの間から筆で染み込ませます。


直後に和紙を被せ、わずかに加熱したコテで押さえます。



定着具合に応じてメノウ棒で圧着します。
しばらくおいて乾いてから和紙を水で濡らして剥がして完了となりますが、実際の作業はとてもデリケートで難しく、修復家の技術と経験が試されるところです。


絵具層の再定着ができたら、次は画面のクリーニングです。
古いニスがすでに固着力を失っていたので、5%のアンモニア水で洗浄することができました。


1箇所をしつこく長い時間をかけて洗浄せずに、水分を飛ばしながら全体を平均的に洗浄していきます。


一回り洗浄できたら一旦絵をよく乾燥させます。古いニスの汚れが取れるまでこの作業を繰り返します。


画面の状態と綿棒に付く汚れを見ながらクリーニングを止める時を考えますが、その判断が難しいところです。取り過ぎるとオリジナルの絵具層にダメージを与えかねないので、多少汚れが残った状態で止めることにしました。

つづく。

2025年4月15日火曜日

展覧会「古典的石膏デッサンとその画材」

 今回は4月24日からギャラリー・エスパス・ラポルトで開催される展覧会を紹介します。
テーマは「古典的石膏デッサンとその画材」で、アトリエラポルトの受講生Kさん所蔵の19世紀後半にフランスの美術学校で制作された石膏デッサンを中心に、シャルル・バルグのオリジナルリトグラフや当時使われていた画材などを展示します。



期間中の5月4日・5日には、画材研究家の松川宣弘氏と画家の鳥越一穂氏によるワークショップ「作って試そう!木炭、インク、フェキサチーフ」もおこないます。
(参加希望の方はお早めに、kazuo@torilogy.net  までご連絡ください。)


また、3Dプリントによる超リアルな石膏像フィギュアや激安画材の販売もあります。



石膏デッサンを、今までにない視点から捉え直す機会になればと考えています。
皆様のご来場を心よりお待ちしております。


古典的石膏デッサンとその画材
会期: 2025年4月24日〜5月16日 (期間中無休)
開廊時間:10:00〜18:00
場所: ギャラリー・エスパス・ラポルト
   東京都中央区日本橋小伝馬町17-9  さとうビル1階
   Tel: 03-6661-0370.  https://espacelaporte.net



2025年4月4日金曜日

サテュロス全身像を描く

 今回はサテュロス全身像のデッサンを紹介します。
作者のSさんは現役の美大生で、これがラポルトで描く初めてのデッサンです。

サテュロス像は19世紀のフランスの美術学校でよく描かれた石膏像です。
アトリエラポルトにもその当時のデッサンがあります。

「サテュロス像」1890年頃
中間色の紙に木炭とチョーク


初めは線でできる限り正確にプロポーションをとった後、明部と暗部に分けて暗部から描いていきます。



続いて、明部のハイライトに向かってモデリングをして、各部の筋肉のボリュームをだしていきますが、ただ見て描くだけでは現象的な光に惑わされて正確な形は捉えられません。そこで、光の当て方を変えてみたり、解剖学の本を参考にして、存在する形を探しながら描き進めます。


モデリングをする際に特に注意する箇所は、明暗の境目からハイライトに向かって急激に明るくなる数ミリの移行部です。このハーフトーンの扱い方で、丸くなったり角張ったりと形の性質が変わります。



出来上がり。

サチュロス像 (650×500)  画用紙に鉛筆


さすがに現役の美大生だけあって、1枚目の石膏デッサンから完成度の高い仕上がりになりました。残念なのが、明部が背景の白さに対して少し暗く感じます。明部のハーフトーンの扱いに、より一層のデリケートな明度のコントロールが必要です。




2025年2月28日金曜日

本の紹介 「クロマトピア」

 今回は、友人がブックオフで見つけてきた素敵な本を紹介します。
題名は「クロマトピア」著者はデビィット・コールズで、エイドリアン・ランダーの撮った美しい写真とともに、顔料の歴史について書かれた本です。(2020年グラフィック社より発行)



著者のデビィット・コールズは、イラストレーターの父親のもと幼少期から色彩に囲まれて育ちました。美術大学で画材づくりを学んだの後にロンドンの画材店で働き、1992年にオーストラリアに移住して、専門家用の顔料とオイルメディウムを提供する会社を設立しました。40年近く色材づくりに携わる中から生まれたのがこの本です。



内容は次の10章からなっています。

Ⅰ,人類が最初に手にした色
Ⅱ,文明の始まりとともに
Ⅲ,ギリシャ・ローマ文明と色
Ⅳ,中世の色
Ⅴ,書字インクの色
Ⅵ,染料・レーキ・ピンク
Ⅶ,謎に包まれた色
Ⅷ,色彩の爆発
Ⅸ,色彩のすばらしき新世界
Ⅹ,現代科学が生み出した色

どのページも美しい写真とともに、詳しい解説が書かれています。


オーカー

チョークホワイト

クリソコラ

ラピスラズリ

ピーチブラック

バーミリオン

ネイプルスイエロー

セピア

マミーブラウン

ウルトラマリンのつくり方

今までにも顔料について詳しく書かれた本はありましたが、このように見て読んで楽しい本があるとは知りませんでした。顔料の進化は絵画表現の発展と深く関わっています。そのような視点から美術史を考えて見るのもおもしろいと思います。


2025年2月18日火曜日

マリア・スフォルツァ像を購入

 今回は新たに購入した堀石膏制作のマリア・スフォルツァ像を紹介します。


原作は、彫刻家フランチェスコ・ローラナ(Francesco Laurana.1430-1502)によって1470年頃にイタリアで制作されました。大理石像で、かつてはベルリン美術館に収蔵されていましたが、第二次世界大戦中の爆撃で破壊されてしまいました。現在はオリジナルから型取りされた石膏像が、イギリスやロシアの美術館に残っているそうです。(脇本壮ニ著「石膏像図鑑」より)


ルネサンス時代は言うまでもなくギリシャやローマ時代の「美」を規範としていましたが、この像にはゴシックの様式化された形態の面影を感じます。


次の絵は国際ゴシック様式の画家、ピサネロ(Pisanello 1395-1455)の作品です。ローラナが参考にしたのではないかと思えるほど似た形をしています。





モデルとなったイッポーリタ・マリア・スフォルツァは、ダ・ヴィンチのパトロンにもなったフランチェスコ・スフォルツァの娘で、ローラナは肖像彫刻として制作しているのですが、実物そっくりのリアルな像でないのが興味深いところです。デッサンをしながら、そのような時代背景や様式化について考えてみるのは大切なことだと思います