2020年8月23日日曜日

コレクション:19世紀の人物デッサン

 前回に引き続きフランスの蚤の市で見つけた人物デッサンを紹介します。同じカルトンに入っていたので、同じ作者のものだと思います。



この人物デッサンについては、すでに2016年11月21日のブログで紹介していますし、技法も前回の石膏デッサンと同じなので、今回はこれらのデッサンで多用されている擦筆(estompe)についての考察です。

デッサンを近づいて見ると、非常に滑らかなモデリングによって人体の各部分の形が表現されているのが分かります。


それは木炭やコンテで描いた上から、擦筆で擦り込みながらグラデーションを作っているためです。

現在日本で販売されている擦筆は、紙で作られたものです。



ところが18世紀にディドロとダランベールによって編纂された百科全書では、擦筆はセーム皮(chamois)を巻いて作られていました。(Fig.3)  
この時代はパステル画が盛んに制作されるようになったので、擦筆の需要も高まったと考えられます。



それと似たものがイヴェルの著書に載ってます。(一番右側のもの)
 *Claude Yvel  ”Peindre à I'eau comme les maitres" 2006



擦筆は、こするだけでなく、木炭の粉を先端につけて描くのにも使いました。未完成になっている脚の部分にその痕跡が見られます。


前回の石膏デッサンも含めて、当時の美術学校のレベルとしては、けっしてうまいデッサンとはいえません。それでも19世紀末のアカデミックなデッサンがどのような手段と目的で描かれていたかを知る貴重な資料です。アトリエラポルトでは、受講生のために常に展示して見て頂けるようにしています。
 

2020年8月14日金曜日

コレクション:19世紀の石膏デッサン

今回紹介するアトリエラポルトコレクションは、19世紀後半(おそらく1880年代)にフランスの画学生が描いた石膏デッサンです。

サタイヤ像(610×460)


すでに何度かこのブログに登場したこの石膏デッサンは、大分前に北フランスのアミアンの蚤の市で見つけたものです。いかにも画学生が使っていたような薄汚れたカルトンの中に、何枚かのデッサンや版画や絵手本と共に入っていたのを思い出します。

当時のフランスの美術学校でおこなわれていた典型的な(教科書どおりの)方法で描かれた石膏デッサンです。


使用している紙は、中間色のグレーで、現在日本でよく使われているMBM木炭紙よりきめが細かいものです。その上に木炭(あるいはコンテ)と白チョークを使って描かれています。




いっけん見えたとおりに描写をしているように感じますが、よく見ると反射光はほとんど描かずに、影側の輪郭からハイライトに向かって、段階的にグラデーション作りながら、各部分の形とボリュームを曖昧にすることなく表現しているのがわかります。

それはこの時代のアカデミックなデッサンの目的が、目に感じた光と影の現象(印象)を再現するのではなく、存在する石膏像の形とボリューム、そして置かれた空間における前後関係(奥行き)を正確に表すことにあったからです。

中間色の紙を使ったデッサンは、その目的に最も合った方法だと言えるでしょう。





日本では美大の受験を通じて、木炭による石膏デッサンが盛んにおこなわれてきましたが、なぜこのデッサンのような手法が入ってこなかったのか不思議でなりません。



2020年8月3日月曜日

白亜の地塗り

 今回は、油絵のための白亜と膠による水性の地塗りについて紹介します。



白亜と膠による水性の地塗りは、柔軟性に欠けるのでキャンバスに塗ることは薦められませんが、木のような硬い基底材には最良のものです。

 参考文献:「油彩画の技術」 ド・ラングレ著





白亜は取れた場所によって、ムードン白(blane de Meudom)とか、スペイン白(blane d'Espagne)とか、パリ白(blane de Paris)とか呼ばれます。

主成分は炭酸カルシウムで、海中微生物(孔中類)の遺骸からできています。人工的に作ったものより柔軟性があり、暖かみのある白色をしています。




 膠はさまざまな種類がありますが、油絵具の遮断層や地塗り塗料を作るのには、昔から動物の皮、特に兎からとったものが良いとされています。

使用に際しては、水に一昼夜つけてふやかしてから湯煎して溶かします。








今回はラングレの処方に従って、100㏄の水に10gの膠で溶液を作って、そこに40gの白亜を加えて地塗り塗料としました。










基底材は、マルオカの木製パネルに、筋入りハトロン紙を上記の膠溶液で貼ったものを使いました。









地塗り塗料は常に温かい状態(40℃~50℃)を保ちながら、豚毛の刷毛で素早く塗ります。



白亜は隠蔽力が弱いので、乾いてから塗るを2~3回繰り返します。

また、一度に厚く塗るとひび割れるので注意が必要です。




出来上がりです。右側に見えているのがアクリルジェッソを塗ったものです。白さの違いが分かると思います。筆者はこの位の明るい中間色調を好みますが、ジェッソのように白くしたい場合は、40gの白亜の内の10gをリトポンかジンクまたはチタニュームホワイトに置き換えるとよいでしょう。

白亜と膠による水性の地塗りは、適度な吸収性と絵具の固着力がある上に、滑らかな筆さばきと塗り重ねのしやすさで、油絵具にとっての最良のグラウンドです。