2022年6月26日日曜日

線だけで描く 1

 今回から2回にわたって、線だけで石膏像を描くのにチャレンジしたUさんのデッサンを紹介しながら、デッサンの学び方ついて考えてみたいと思います。


まずは前置きから。

「西洋のデッサンは陰影で描くもの」「日本画の素描は線で描くもの」と思われがちですが、西洋のデッサンの成り立ちを調べてみると、土地や建築の形を規定する幾何学の影響を強く受けているのがわかります。線で正確に形を表す幾何図法は、そのまま絵画のデッサンに応用されてきました。

次の画像は、中世最古の画帖(13世紀)からのものです。作者のヴィラ―ル・ド・オヌクールは、ゴシックの建築家として当時の建築技術を今に伝えています。その画像を見ると、どれも直線と曲線(円弧)の組み合わせで描いているのがわかります。


「ヴィラ―ル・ド・オヌクールの画帖」(13世紀)より

ルネサンス時代になると遠近法が誕生して現実空間に近い3次元の表現が可能となり、時代が下るに従ってこれに明暗法が加えられ、よりリアルなデッサンになってきます。しかしいつの時代でも、線で正確に形を捉える技術は常に変わらぬ西洋のデッサンの本質です。

それは、「Dessin」の語源が、ラテン語で線を引く意味の「Designare」からきている事からも明らかです。

ラファエル(1483-1520)

ジロデ(1767-1824)

アングル(1780-1867)

ブグロー(1825-1905)

マネ(1832-1883)

ピカソ(1881-1973)

Uさんは、いろいろなオールドマスターのデッサンの中から、特に線だけで描いているものを選んで参考にしました。歴史的には、古典主義の画家はフォルムの美しさを重視して、陰影の少いデッサンを描く傾向があります。自然な印象の再現には反しますが、対象の正確で美しい形を表しているという点では明瞭なデッサンと言えるでしょう。
また20世紀の絵画の平面化(装飾化)やイラストやアニメにも繋がるデッサンだと思います。

さて、Uさんのデッサンがどのようになったかは次回にお伝えします。


2022年6月19日日曜日

三原色による色見本を作る

 今回は香港からの留学生のAさんが作った三原色による色見本を紹介します。


アトリエラポルトでは、グリザイユから色を再現する油絵への移行過程として、最初に彩度の低い三原色(イエローオーカー、レッドオーカー、コバルトブルー)を使って描く事を勧めています。発色は鈍くなりますが、その代わりに明度が捉えやすく、統一感のある絵にしやすいからです。理論上は三原色の混色によってすべての色相が出せるはずですが、実際に絵具ではどのようになるかを知るためにAさんが色見本を作ってくれました。


まずは、赤(ライトレッド)と青(コバルトブルー)の混色です。明るくするには白(シルバーホワイト)、暗くするには(アイボリーブラック)を加えいます。ここで面白いのが、理論上は混色で紫になるはずが、中間がほぼニュートラルグレーになることです。絵具の特徴的な変化ですが、これをうまく利用するとライトレッドとコバルトブルーで寒暖のニュアンスの豊かなグリザイユを描く事が可能になります。


次は黄(イエローオーカー)と青(コバルトブルー)で同じく白と黒で明度の段階を作りまましたが、ここでも油絵具独特の変化が生じます。イエローオーカーのグラデーションを作るために黒(ここではアイボリーブラック)を加えると色相が緑になってしまいます。19世紀以前の絵具の種類が少なかった時代に、風景画の緑を描くのによく使った混色方法です。色見本のグラデーションには不都合なので、バーントアンバーを加えて緑になる変化を修正しました。



最後に黄(イエローオーカー)と赤(レッドオーカー)の混色です。白(シルバーホワイト)と黒(アイボリーブラック)にバーントアンバーを加えて明度の段階を作りました。アイボリーブラックとバーントアンバーの比率を数字で表す事は難しく、結局目で見て判断するしかありませんが、その感覚を養うのがこのような色見本を作る意味だと思います。


手間と時間はかかりましたが、綺麗な色見本ができました。わずかに明度や色相のずれている箇所はありますが、混色による中間色の変化がよく表れた色見本になりました。このような色見本を作る事は、明暗の段階や微妙な色相の変化を感覚的に身につける為にも良い訓練になります。
実際の絵の制作では、絵具の厚さや透明度の違いで色相がより複雑に変化します。これが油絵具の扱いの難しさになりますが、意図的にコントロールできれば、少ない種類の絵具からでも豊かな色彩感を表現する事が可能になります。



例えば、この絵は制作途中の段階ですが、ここまでは上記の三原色の混色だけで描いています。この後、必要に応じて彩度の高い絵具を加えていって、現実の色合いに近づけながら完成に向かう予定です。
このようなプロセスは、グリザイユで養った明暗法を使いながら現実の色合いを再現するための、わかりやすい学習方法の一つだと考えています。

 

2022年6月11日土曜日

楽器を描く

 静物画のモチーフとして昔からよく描かれたのが楽器です。今回は金色の輝きが美しいコルネットを描いた絵を紹介します。制作者は、仕事の傍ら地道に絵を学ばれているMさんです。



構図を決めてデッサンを取った後、バンダイクブラウン(ニュートン社製)とシルバーホワイトでカマイユの手法を使って明暗をつけました。



全体の明暗のベースができたら、対象の固有色を置いていきます。



背景の左側の影のグラデーションは空間を広く取った分、意外に難しくなりました。最終的に額を加える事で右側とのバランスをとりました。





コルネットのある静物(530×333)キャンバスに油彩
使用絵具:
シルバーホワイト、イエローオーカー、ブラウンオーカー、レッドオーカー、カドミウムイエロー、カドミウムレッド、ウルトラマリン、バンダイクブラウン、バーントアンバー



週1回1コマ(2時間半)の制作で、約5か月かけて仕上げました。達筆で要領よく描かれた絵ではありませんが、形と色を探しながらコツコツと絵具を重ねていった努力が実った作品です。
絵の描く喜びの一つに「発見」があると思います。ちょっとした色合いの違いで質感が現れたり、筆運びの違いで形がはっきりしたり、気がつかなかった形の変化や美しさに気づいたり・・・。
Mさんはこの制作を通じて沢山の「発見」をされたと思います。


2022年6月4日土曜日

白いモチーフを作る

今回は、アトリエラポルトでデッサンの学び始めに描いて頂いている、白いモチーフの新作を紹介します。 

デッサンの学び初めは、色のない(モチーフ固有の明度のない)白い物を描いた方が、形が捉えやすい上に光と影による形の再現方法の理解も早まります。

例えば、次の写真は明治時代に浅井忠によって描かれた習画帖の一部ですが、対象物固有の明度を除いて表現されています。このようなデッサンの方法は当時の西洋では一般的で、浅井の師であるフォンネージから受け継いだものと考えられます。





今回作ったモチーフは、果物のリアルさを求めて試しに直接実物に白い塗料を塗って作ってみました。

例えばザクロは、中身を取って代わりに石塑粘土(フォルモ)を詰め、数か月乾燥させてから壁用水性ペイントで白く塗りました。


乾燥して多少形はちじみ表面のツルツルした感じはなくなりますが、ザクロの特徴であるガクの形はそのままです。



これは、割ったザクロの種だけ取って乾燥させたものです。


ほおずきは、よくできました。


力作、葉つきみかん。本体と葉の部分は別々に乾燥させ、葉の付け根は紫外線硬化接着剤で補強しました。


他にも何種類かの果物で試みましたが、カビが生えたり形が変形したりと試行錯誤の連続でした。塗料が剥がれやすかったりとまだ問題点はありますが、模造品よりもリアルに感じてデッサンができると思います。少しづつ種類を増やしていければと考えてます。