2023年4月26日水曜日

アンクタン→マロジェ→アヴェル→ラングレ その4

  1968年に翻訳されたグザビエ・ド・ラングレ著「油彩画の技術」は、当時日本では「画家の聖書」と言われるほど画家を志す人に読まれた本です。それ以前には日本にこれほど詳しく油絵の技法について書かれた本はありませんでした。


 ラングレはアヴェルと親交をもち、1973年の「油彩画の技術」の増補改訂版から加えられた「アクリル画とビニル画」の章は、アヴェルの協力によって書かれました。

 以上紹介した4人の20世紀フランスを代表する絵画技法研究者の共通する考えは、油絵における樹脂の使用の有用性とエマルジョンの可能性です。今、日本では樹脂の使用に懐疑的な意見も多く聞かれますが、もう一度彼らの残してくれた作品と著作を調べてみる必要があると思います。


 また、今回展示している伊牟田経正氏の絵は、ラングレの処方を基に約40年前に描かれた作品です。その均一な美しいツヤとくすみのない透明感と発色は、日本における樹脂の使用の有用性を証明しています。


 加えて日本人で唯一ラングレに直接教えを受け、その研究を受け継いだ飯田達夫氏の作品も展示しています。飯田氏の研究成果は、1987年から5年間に渡り月刊アトリエに連載された「油彩画の技術」に見ることができます。



 展示では、マロジェが参考にしたと考えられる過去の文献やマロジェの著書と絵、その影響を基に書かれた本もあります。


 それに明治以降日本で出版された主な西洋画の技法書も並べて、フランスと日本の19世紀末から20世紀の油彩画の技法の変遷が検証できるようにしています。


 興味ある方は是非お立ち寄りください。


『奥深い洋画材の世界』
会期:2023年4月20日~5月13日 10:00~18:00
   *会期中は無休
場所:ギャラリー・エスパス・ラポルト
    東京都中央区日本橋小伝馬町17-9  さとうビル1階

アンクタン→マロジェ→アヴェル→ラングレ その3

 マロジェがデュフィの代表作「電気の精」の制作に技法面で深く関わっていたことはすでに書きましたが、もう1人友人の絵具メーカーの技術者であり化学者のマルク・アヴェル(Marc Havel.1901-198?)の存在を忘れてはならないでしょう。

 アヴェルは、1928年にブルジョワ・エネ社(のちにルフラン社と合併してルフラン&ブルジョワ社となる)に化学者として入社します。

ブルジョワ・エネ社の1900年頃の色見本

 マロジェとの親交は、マロジェがアメリカに移住してからも続きます。現在ルフラン社から発売されているメジューム・フラマンやメジューム・ベネチアンやメジューム・ダンパートマンは、マロジェの考えを基にアヴェルが商品開発したものです。


 また、アヴェルはアクリルやビニルの合成樹脂を使った新しい絵具の開発も手掛け、ルフラン社から「フラッシュ」という商品名で発売されました。


 アヴェルの関心は絵具の材料や技術の研究に留まらず、色彩学や視覚の生理学や心理学にもおよびました。その成果をまとめた本を1974年(“La technique du tableau")と1988年(“Phenomenes physiques et peinture artistique")に出版しています。(つづく)


アンクタン→マロジェ→アヴェル→ラングレ その2

  ルイ・アンクタン(Louis Anquetin, 1861-1932)は、20歳頃パリのフェルナン・コルモンのアトリエに入り、ゴッホやベルナールと親交を結んだ後期印象派の画家です。そしてベルナールと共にクロワゾニズム様式を開発しました。

「クリシ―大通り」1887年
*ゴッホはこの作品に触発されて「夜のカフェテラス」を描いたとされる

 後にアンクタンは印象派の技法を捨て、ルーベンスの絵の研究に没頭します。そのために美術史の中では忘れられた画家になってしまいます。

「競馬場」 1901年

 晩年の1924年にはルーベンスに関する著作を出版します。



 このアンクタンのアトリエに1907年23歳のマロジェが入門します。マロジェはアンクタンの影響からルーベンスを中心に15世紀から17世紀のオールドマスターの技法研究を始めます。(つづく)


2023年4月24日月曜日

アンクタン→マロジェ→アヴェル→ラングレ その1

 今回は、20日からギャラリー・エスパル・ラポルトで始まった「奥深い洋画材の世界」の展示作品から、20世紀フランスの絵画技法研究の流れを考察します。


 展示されているこの絵の作者が画家・修復家・技法研究家・教育者のジャック・マロジェ(Jacques Maroger.1884-1962)です。マロジェはルーベンスを中心に15世紀から17世紀のオールドマスターの失われた技法の研究に生涯を捧げました。その成果は20世紀の絵画技法の発展に大きな足跡を残しました。



 マロジェは1930年から第二次世界大戦の始まった1939年まで、ルーブル美術館のテクニカル・ディレクターという要職にありました。その間ラウル・デュフィの代表作となる壁画「電気の精」の制作を技法面でサポートしました。その透明感のある輝くようなマチエールはマロジェの考えたメデュームによるものです。 



 戦争の激化に伴いアメリカに移住したマロジェは、1948年に「The Secret Formulas and Techniques of the Masters」を出版し、失われた15世紀から17世紀の絵画技法を推論します。この本は同時代の画家とその後の絵画技法研究に大きな影響を与えました。

“The secret formulas and techniques of masters"
フランス語版


そのマロジェが若かりし頃に技法研究のきっかけを作ったのがルイ・アンクタン(Louis Anquetin.1861-1932)です。アンクタンについては次回に続きます。


2023年4月18日火曜日

奥深い洋画材の世界

 今回もギャラリーエスパスラポルトで20日から開催される展覧会を紹介します。

 洋画材の世界には、宝石のような美しい色や独特の質感を持つ素材が数多く存在します。今回の展示では、画家で画材の研究家としても知られる松川氏と鳥越氏の珍しい画材コレクションを展示します。展示の中心となるのはラピスラズリや鉛白、コチニールなど天然鉱物や植物の染料など様々な素材を使った画材です。

 また、鳥越氏と松川氏の作品展示や銅板に描く油絵の実演も予定しています。さらにアトリエラポルトの佐藤コレクションの中から、20世紀の代表的な技法研究家として大きな足跡を残したジャック・マロジェの絵と著書、それに関連する文献を展示します。

 加えて、実際にラピスラズリから天然のウルトラマリンを作るワークショップも開催いたします。鳥越氏・松川氏の在廊中は、画材や技法などの質問にも答えます。

 さらに、春蔵絵具協賛による画材販売と掘り出し物コーナーもありますので、ぜひお立ち寄りください。


『奥深い洋画材の世界』
会期:2023年4月20日~5月13日 10:00~18:00
   *会期中は無休
場所:ギャラリー・エスパス・ラポルト
    東京都中央区日本橋小伝馬町17-9  さとうビル1階
ワークショップ:天然ウルトラマリンの抽出
        4月22日・23日 14:00~
        参加費 3,000円
        問い合わせ 080-3637-6633


2023年4月4日火曜日

石膏デッサン展

 今回は4月3日からギャラリー・エスパス・ラポルトで始まった「石膏デッサン展」を紹介します。



石膏デッサンは古くから美術教育の基礎的な方法として用いられてきました。石膏像の多くは、ギリシャ・ローマ時代の彫刻から型取りされたもので、ルネサンスから19世紀までの代表的な彫刻も加わります。そこには単にデッサンの技術の習得以外に、古典主義の美意識を学ぶ目的も含んでいました。そのため現代では石膏デッサンに否定的な意見も多く見られますが、アトリエラポルトでは、逆に西洋のデッサンや絵画の本質を探究する手段として重視しています。今回の展示でその成果をご覧頂けると思います。

さらに、シャルル・バルクのオリジナルプレートによる貴重なリトグラフも展示しています。西洋のアカデミックなデッサンについて考える機会になれば幸いです。