2014年2月28日金曜日

石膏デッサン : うつむき坊や

中間色の紙に、白と黒のチャコール鉛筆で、明暗を付けたデッサンを練習されているKTさんの作品を紹介します。


今回は、「うつむき坊や」の石膏胸像です。
原型は、ルネサンス時代のイタリアの彫刻家デシデーリオ・ダ・セッティニャーノ(Desiderio da Settignano,1430~1464)の作品の一部です。

KTさんは、丸彫りの像を描くのは初めてだそうです。


まずは、遠近法の枠を透して輪郭を取っていきました。

石膏像の「うつむき坊や」は、石膏の型が甘くなっているのが原因だと思いますが、像全体が曲線で出来ているように見えます。しかし、デッサンではあえて直線で捉えることで、形が曖昧になることを防ぎます。



線で形が捉えらたら、光と影の境目を決めて、暗部を塗っていきました。



次に明部をチャコール鉛筆の白で描き起こしていきました。






擦筆でぼかしながら、モデリングをしました。

特にうつむいた顔の明度とモデリングが難しいところです。チャコール鉛筆の白と黒を交互に使いながら対象に近づけていきました。
















塗り過ぎて形がボケてきたら、鉛筆状のハード消しゴムや練消しゴムを使って、余分なチャコールを取っていきます。












うつむき坊や 54.7×37.4


滑らかなモデリングとデリケートな光と影の変化が美しい石膏デッサンになりました。

このように中間色の紙に白と黒で描くデッサンは、現実の状況に近づけ易い反面、現象的な光と影を追ってしまって、デッサンの本質である「形を表すこと」を疎かにしがちです。その点、KTさんのデッサンは、個々の形のボリュームもうまく表現されています。これに輪郭線の強弱が、内側の形の変化に従ってつけられるようになれば、もっと良くなると思います。













2014年2月19日水曜日

ひまわりを描く

アトリエラポルトに来て頂いてから、花を描き続けているCさんが、今回は「ひまわり」に挑まれました。



「ひまわり」の絵ですぐに思い浮かぶのがゴッホの作品です。

左のゴッホの「ひまわり」における配色は、黄色を中心にした類似色によるハーモニーで、色相環上の黄色の位置から遠ざかるに従って黄>橙>緑>青と面積が小さくなるよいうにしています。

色相環

今回のCさんの配色は、「ひまわり}の黄色に補色の青色を対比させるハーモニーを選ばれました。この場合は、黄色と青色の強いコントラストに対して、それをつなぐ色相環上の間の緑色と、目を休ませるための無彩色(ここでは白)の組み合わせがポイントです。

本制作に入る前にキャンバスペーパーにエスキースを作って考えました。








エスキースで構図と配色が決まった後、キャンバスに木炭でモチーフを見ながら直接デッサンをとりました。



対象に近い色で木炭を押さえていきます。木炭と混ざってちょうどいい色になるようにします。


パレットには、黒やローアンバーやバーントアンバーなどの褐色系の絵具は置かず、印象派のように虹の色に近い絵具を並べています。


背景とひまわりの色から決めていきます。背景の青の中にもわずかに暖色のニュアンスを入れることで、自然な空間と色の響きが生まれます。


常に対象と見比べながら、ダイレクトペインティングの手法で描いていきました。













ひまわり F10号


約30時間かかって仕上がりました。
たっぷりと絵具を使いながら色の澱みが無く、発色の美しい絵になりました。生き生きとした筆触にのって作者の感動が伝わってくるようです。形や色の組み合わせも、とてもうまくいっていると思います。このような描き方は、一見簡単そうに見えますが実は非常に難しい技術です。Cさんはアトリエラポルトに来られてから、毎回モチーフを見ながらエスキースを作って配色や構図を考え、きっちりとデッサンをした後で制作に入る、という手順を繰り返してきたからこそ出来た作品だと思います。額装して部屋に飾っておきたい一品です。










2014年2月13日木曜日

デッサンからグリザイユへ

今回は、デッサンから油絵に移行する場合の一例を紹介します。

普通油絵具を使う段階になると、まず「色」の表現から入る方が多いと思います。画材屋さんの油絵具のコーナーに行けば100色を超える絵具が並んでいて、そこから好きな色を撰んで描くのも楽しいことです。しかし、対象を見て現実の空間を再現しようとする場合、重要なのは「色」よりも明度関係(Valeur)を的確に捉える力です。どんなに綺麗な色を塗っても、明度が違っていればリアルな絵にはなりません。アトリエラポルトではこの点を重視して、デッサンから油絵に移られる方には最初にグリザイユを薦めています。

右:中間色のキャンソン紙に描いたデッサン
左:トレーシングペーパーで移したデッサン
以前このブログでデッサンを紹介したKさんは、油絵を描くのは高校生以来だそうです。

そこで前回描いたデッサンを使って、画材の説明を交えながらグリザイユから油絵を始めてもらいました。














最初にトレーシングペーパーを使って、デッサンをキャンバスに転写します。


使った絵具は、暖かい黒としてアイボリーブラック、冷たい黒としてランプブラック、それに白としてシルバーホワイトです。 明度が分かりやすいように、白いキャンバスに合わせてガラス板パレットの下に白い紙を敷いています。
キャンバスに転写したデッサンを、溶き油でなぞって定着した後、背景から描いていきます。
パレットには、あらかじめ白と黒の間に3~5段階位のグレーを作っておくと、明度を合わせやすく制作もはかどります。
背景と机の明度が決まったら、テーマの果物を描いていきます。
明度関係の再現に加えて、遠い所や影の部分には冷たい黒(ランプブラックまたはピーチブラック)で作ったグレー、近い所や光の当たっている部分には暖かい黒(アイボリーブラック)で作ったグレーで描いていきます。そうすることで、より自然な光の輝きや空間が表現できます。


静物のグリザイユ(P10号)

約25時間で仕上がりました。入念なデッサンをおこなった後のグリザイユだったので、形や明暗を迷わずに捉えるのことができたと思います。その上に油絵具独特の物質感が対象の質感に転化され、油絵らしい重厚な表現になっています。画像では分かり難いのですが、暖かいグレーと冷たいグレーの使い分けも的確で、自然な空間と光の輝きを感じさせます。

Kさんにとっては、高校生以来の何十年ぶり(?)かの油絵で、途中で絵具の扱いに戸惑われた場面もありましたが、鉛筆や木炭と違う油絵具のおもしろさを感じて頂けたのではないかと思います。



2014年2月5日水曜日

美術解剖学を学ぶ 

今回は、美術解剖学の本の小史を紹介します。

リッシェの著作
西洋ではルネッサンス以降、美術解剖学に関する本は、医学に近いものも含めて数多く出版されています。その中で最も優れた著作を残した人物に、ポール・リッシェ(Paul Richer,1849‐1933) がいます。
リッシェ作 「三美神」











著書の中のリッシェ自身によるデッサン





リッシェは、医者として美術解剖学や生理学を研究すると共に、彫刻家としても作品を残しています。パリの美術学校の美術解剖学教授を務め、その広範囲で徹底した研究に、自身で描いた正確で美しいイラストを載せた著作は、多くの芸術家の参考にされました。現在でもその一部が、英訳版などで手に入れることができます。











右上:西田正秋 「顔の形態美」 1948年
左下:西田正秋 「美術解剖学論考」 1944年
左下:中村不折 「芸術解剖学」 1929年
右下:藤島武二「解剖応用人物画法」 1941年

日本人の著書としては、明治25年刊行の田口茂一朗「美術応用解剖学」が最も古いもので、その後明治36年に東京美術学校で芸用解剖学を教えた森鴎外と久米桂一郎によって、「芸用解剖学」が出版されます。現在古書として手の届くのは、大正4年の中村不折「芸術解剖学」あたりからではないかと思います。内容は、リッシェの本の要約版といった感じで解説は良いのですが、図版が極めて簡素なもので実用的ではありません。


日本での代表的な美術解剖学者といえば、西田正秋(1901~1988)を上げることができます。「美術解剖学論考」は、「人体とは? 美術解剖学とは何か?」を考えるには読んでおきたい本です。







柳亮監修 「芸用人体解剖図譜」 1944年

古書の中から、人物を描く時に参考にしやすい本を探すとすれば、藤島武二の「解剖応用人物画法」がお薦めです。また、戦時中(1944年)に柳亮らによって出版された「芸用人体解剖図譜」は、リッシェの本(最初の写真の右側の大きな本)をまるまるコピーした珍本です。


今では、書店の美術書のコーナーに多くの美術解剖学関連の本が並んでいますが、その内容の多くは上記のような本がベースとなっています。あまり注目されることのない歴史ですが西洋絵画の理解には役立つと思います。