2013年12月25日水曜日

模写から学ぶ(4) : ジョージ・ロムニー

ロムニーの模写も、いよいよ着色の段階に入ります。

最初に、ルツーセの代わりに、溶き油に少量の色を加えて全体にかけていきます。上層に色がくると消えてしまう程度の色合いですが、全体の感じが掴みやすくなります。

背景から、色を置いていきます。使った絵具は、ランプブラック、ウルトラマリン、シルバーホワイトのみで、下層のグリザイユを利用しながらニュアンスをつけます。

原画の筆触の勢いをまねて、一気に決めていきます。
遠景の緑は、イエローオーカーとランプブラックをベースに、ウルトラマリンを加えて色を合わせます。

服の赤は、この絵の色の主役とも言える色です。原画は、マダーレーキーと推測できますが、残念ながら現在では、本物のマダーレーキ(茜の根からとった染料)は入手が困難です。どのメーカーのマダーレーキも合成染料のキナクリドンに替わっています。それでもメーカーによって若干色合いが異なるので、数種類を比べた結果、レンブラント社のものが絵に一番近い色合いと判断しました。









グリザイユを利用しながら、マダーレーキとシルバーホワイトで、赤い服を描いていきました。
















背景の空と遠景の木と山、そして赤い服がほぼ終わったところです。



2013年12月18日水曜日

「見て描く」 静物画

今まで人物を中心に絵を学ばれていたMKさんが、久しぶりに静物画を描かれました。その制作過程を紹介します。



人物画はモデルさんの都合で、なかなか見ながらじっくりと制作することができないものです。

その点静物画は、時間の許す限り、形や色の組み合わせを考えながら描き続けられるので、「対象を見て描く」という絵の基本的な訓練に適しています。

人物画を描かれていたMKさんには、物足りないモチーフかも知れませんが、あえてシンプルで明快な構成にして、じっくりと時間をかけて制作して頂きました。



まずは、キャンバス(P8号)と同じ大きさで、画用紙に鉛筆デッサンをしました。


デッサンをトレーシングペーパーを使ってキャンバスに転写した後、カッセルアースとシルバーホワイトで、明暗をつけていきます。

明暗が決まったら、その上から少しずつ色をかけていきました。使用した絵具は、イエローオーカー、レッドオーカー、ウルトラマリン、ヴィリジャン、クリムソンレーキです。


描き進むにつれて、彩度の高いカドミウムやコバルト系の絵具を加えて、ハイライトを中心に描き起こしていきました。
Mさんは、1週間に半日のローテーションで制作されたので、加筆用二スを使って、つや引けの調整をしながら描いていきました。 加筆用二スは、様々なものが市販されていますが、アトリエでは、ターレンス社の“Retouching Varnish” をペトロールで1:1に割ったものを薦めています。 また、下の層を生乾きのような状態にして加筆したい時には、溶き油を薄めて塗るのもよい方法です。

バラの花はこの絵の主役です。リアルに表現しようとして、花びらを1枚1枚描こうとすると、かえって形が狂ってくるものです。おわん型の基本形態を、光と影で表すつもりで見ることが大切です。


薔薇 P8号
 8号の大きさのシンプルな構成の作品ですが、デッサンから始めて約30時間かけて完成しました。
しっかりと対象を見ながら、粘り強く制作された成果が表れた作品になりました。 そこには、写真をトレースしたリアリティとは違う、対象の存在感と作者の目が感じられます。より一層「見る」ことを深めていって頂ければと思います。




2013年12月11日水曜日

模写から学ぶ(3) ジョージ・ロムニー


前回ヴァンダイクブラウンで暗部を付けたところまで紹介しましたが、今回は明部をシルバーホワイトで描き起こしていく工程です。


この時のコツは、パレット上でヴァンダイクブラウンと混色してグレーを作らず、シルバーホワイトだけで、地塗りのグレーを生かしてモデリングをすることです。

このようにすると、上層にくる色彩層がグレーによって鈍くなるのを防げます。
デッサンが、白で覆われてボケてきたら、そのつどヴァンバイクブラウンで引き締めます。

明部をシルバーホワイトだけで、描き起こした状態です。





















暗部への移行部や背景・服など、オプティカルグレーでは表せない中間明度は、パレット上でシルバーホワイトとカッセルアースを混色したグレーで、明度を合わせておいていきました。



















グリザイユが終わった段階です。





上層に色彩層がくるのを考えて、実際の明度よりも明るめに描いています。


2013年12月4日水曜日

明暗をつけた石膏デッサン

今回紹介するデッサンを描いたKTさんは、バリ島の伝統的な絵画技法を、現地の名匠から直接学んでこられた、ちょっと変わった画歴の持ち主です。 西洋画の技術も学びたいと、アトリエ・ラポルトに入られました。 線で形を表すことに慣れてきたKTさんには、今回は明暗でデッサンを描く方法にチャレンジしてもらいました。














アトリエ・ラポルトでは明暗を付けたデッサンをする場合、中間色の紙に描くことを薦めています。それは、明暗を付ける手数を大幅に減らし、形とボリュームの表現に意識を集中できるからです。西洋では、古くから行われていた方法です。  ここで使用した画材は、キャンソン社のミタント紙のグレー 、チャコール鉛筆の白と黒 、擦筆 、セーム皮 、練り消しゴム 、サンドペーパー(芯を尖らすために使用)です。

                                                  

参考までに、右は20年ほど前にフランスの画材店で購入したデッサン用紙で、昔(産業革命以前)と同じ製法で作られたものです。

西洋の昔の紙は、古布(亜麻)を原料に作られていたため、厚みがあり、表面がざらざらしています。中間色の色合いのヴァリエーションを知る上でも、貴重な資料になっています。



 
チャコールペンシルの黒で影を描いた後、白のチャコールペンシルで、ハイライトに向かって、明部を描き起こしていきました。


チャコールが浮いてきたら、擦筆やセーム皮を使って、押さえたりぼかしたりして、滑らかなモデリングになるようにします。













ミケランジェロ作「ダビデ像の目」 410×318

約15時間で、完成しました。トロンプルイユ(だまし絵)を思わせるような、リアルなデッサンになりました。現象的な陰影に惑わされずに、個々の形や凸凹が前後関係に従って、的確なボリュームで表されています。初めて、「中間色の紙に明暗をつけて描いたデッサン」とは思えないほどの出来栄えです。アトリエ・ラポルトでは、このようなデッサンを、単にデッサンの技法の一つとして捉えるのではなく、油絵に移行する過程としても有意義な方法だと考えています。





























2013年11月27日水曜日

模写から学ぶ(2) : ジョージ・ロムニー

転写したデッサンに、ヴァンダイクブラウン(ニュートン社製)で明暗を付けていきます。


ここで考えなくてならないのが、原画と模写の制作時間の違いです。


一般的に言って、18世紀は絵画技術の爛熟期で、画家は自らの技巧を見せるために、依頼者の前で短時間で肖像画を描き上げるようなことが行われていたそうです。ロムニーの作品にもそのような時代背景が窺われます。このハミルトン嬢の肖像画も、勢いのある筆触と的確なデッサンで、一瞬の動きと表情を素早く捉えています。

一方模写は、形や色を原画に合わせていくので、必然的に時間がかかります。正確に合わせようとすればするほど制作期間は長くなり、原画の持つ筆触の勢いや、伸びやかさや、絵具の新鮮な発色が失われていきます。







そのために、模写する側は、デッサンや色が多少狂っても、ロムニーと同じように短時間で描くことを目指すか、または、原画の制作過程とは異なるところがあっても、時間をかけて出来るだけデッサンや色彩が近づくようにするか、選択しなくてはなりません。 これによって、絵具の練り合わせや溶剤も違ってきます。

今回Eさんは、連続して教室に来られないので、後者の姿勢で模写をされました。


そこで、確実に仕上がっていくように、原画では行われていませんが、下書きにグリザイユをすることにしました。グリザイユのメリットは、色に惑わされずに、形と明暗を追求できる点です。

描き始めは、ヴァンダイクブラウン(ニュートン社製)をメインに、寒暖の調整にカッセルアース(ブロックス社製)を加えて、暗部から進めていきます。


溶き油の加減で濃淡を調整して、豚毛の丸筆でキャンバスに摺り込むようにして描いていきます。多少のムラは気にせずに、大きな明暗を捉えるようにします。





2013年11月20日水曜日

石膏デッサンの描き方に疑問があって 【面冠女神胸像】

石膏デッサンの描き方に疑問があって、アトリエラポルトに来られたKさんの4作目の石膏デッサンを紹介します。


今回挑戦されるのは面冠女神胸像で、これも胸像として難度の高い作品です。


Kさんほど描けるようになると、最初の石膏像のセッティングが仕上がりを左右します。石膏像を見る位置や光の方向、そこから生まれる影の形や分量などを入念に決めてから、デッサンに入りました。




遠近法の枠を透して、大きな形を直線的に捉えていきます。
石膏デッサンを、大きな陰影で捉えることから始められる方も多いと思いますが、アトリエラポルトでは、シャルル・バルグ(Charles Bargue)の手本帳などに見るような、西洋の伝統的な「線から始まる」デッサンに基づいた方法で行っています。明部と暗部の境目も、形が曖昧にならないように意図的に線を入れています。
線で形が取れたら、モデリングをしてボリュームを出していきます。
前回の作品(髭の男)では、モデリングが少し荒かったので、より肌理の細かいモデリングと、形の前後関係を考えて線や明暗の強弱をつけるように注意しました。


「面冠女神胸像」 木炭紙大(650×500)の画用紙に鉛筆

約20時間かかって完成しました。

的確な形に、石膏の質感まで感じさせる、細部まで神経の行き届いた非常に完成度の高い石膏デッサンです。

特に注目すべき点は、背景を画用紙の白のままで残しているにもかかわらず、そこからもっと白い石膏像が浮き出てくるように表されているところです。これには、単に対象の盲目的な描写ではない、Kさんの緻密な造形的配慮があるからです。紙と鉛筆だけで描かれた作品ですが、そこには絵画の本質的な問題が含まれています。また、写真と絵画の違いを考える上でも、このような石膏デッサンは、大変有意義であると思います。












































2013年11月15日金曜日

模写から学ぶ(1) : ジョージ・ロムニー

今回から数回に分けて、Eさんが半年間かけて制作された模写の過程を紹介します。


Eさんの選ばれた作品は、18世紀のイギリスの画家ジョージ・ロムニー(George Romney 1734~1802)が描いた、エマ・ハミルトンの肖像(ニューヨーク フリックコレクション蔵)です。ヴァンダイクから始まるイギリス肖像画の系譜の中の代表的な作品のひとつです。

本来模写は、実物の作品を前にしておこなうのが理想ですが、Eさんご自身が、ニューヨークに滞在中にご覧になって、強く印象に残っている事と、偶然にもWeb上で非常に解像度の高い画像が入手できたので、教室で試みることにしました。教える側も、18世紀のイギリスの作品を模写した経験はなく、改めて資料を調べながら、Eさんと共に勉強させて貰いました。

*アトリエ・ラポルトの模写に対する基本的な考え方は、2012年8月8日と30日のブログ「模写をする」の1と3をご覧下さい。




まずは、ロムニーの技法を、残された作品から探ります。この時に、参考になるのが下記のような描きかけの絵です。


例えば、この作品を見ると、地塗りが中間色のグレーのキャンバスに、褐色(当時の資料から判断して、おそらくヴァンダイクブラウン)で、デッサンをしているのが分かります。
また、顔の描き始めは、かなり明るめの肌色で、モデリングしています。


この作品では、背景や服が、ダイレクトペインティングに近いやり方で、直接固有色が置かれています。このことから、かなり早描きだったと想像できます。おそらくキャンバスに絵具で描き始めてから、この状態まで1~2日位ではないでしょうか?



絵具については、ロムニーが使用していたものは分からなかったので、当時一般的に使われていた絵具に近いものから選びました。


溶剤は、ロムニーが短時間で描いているのに対して、模写は長期間の制作になるので、濃度と乾燥の調整を考えた処方を試みました。








模写制作の第1段階は、デッサンです。

原寸大近く引き伸ばした画像を見ながら、入念にデッサンしました。対象の固有の明度は追わず、正確な形を表すことに重点をおいて行いました。








                       
 出来上がったデッサンを、キャンバスに転写します。




シルバーホワイトに、ランプブラックと少量のレッドオーカーを混ぜて、温かみのあるグレーで地塗りをしておいたキャンバス(乾燥に1カ月)に転写されたデッサンを、ヴァンダイクブラウンでなぞります。(地塗りについては、2012年8月17日のブログを参照)