左:フランス語訳 右:日本語訳 |
パノフスキー(Erwin Panofsky、1892~1968)は、ドイツ生まれの20世紀を代表する美術史家です。ゴンブリッチ等と共にヴァールブルグ学派の一人で、その業績は今も高く評価されています。
幸いなことに、その主要な著書は翻訳で読むことができます。(当ホームページの参考文献参照)
古代の「角度の遠近法」 |
「象徴形式としての遠近法」は、パノフスキーが30代前半(1920年代)に書いたもので、短い論文と厖大な注釈からなる歴史的に重要な文献です。その学識の高さに驚嘆すると共に、絵を描く立場からも貴重な遠近法の技法書として読むことができます。
ファン・エイクの遠近法 |
内容については訳者による「あとがき」の中から抜粋させて頂くと、
「古代から中世を経て近代にいたる遠近法の技法の展開を広い精神史のうちにとらえ、古代の曲面遠近法、中世におけるその解体、ルネサンス期の平面遠近法法の成立、近代におけるその多様な展開を精細に跡づけてた上、これをそれぞれの時代の空間観とみごとに対応させてみせる。」
となります。
ディルク・バウツ「最後の審判」 |
その内容もさることながら、この本で忘れてはならないのは書かれた1920年代という時代背景です。
すでにルネサンス以来の遠近法(perspective centrale)が否定され、様式はキュビスムからアールデコに向かい、絵画は表現主義とシュールレアリスム、そしてエコール・ド・パリの狂騒の時代となっています。
アルベルティによる遠近法の作図 |
そのような状況の中でパノフスキーは、遠近法を単なる3次元のイリュージョンを作る手段としてではなく、象徴形式の1つとして、その価値を捉え直したところにあります。
*象徴形式:精神的意味内容が具体的感性的記号(ここでは遠近法)に結びつけられ、この記号に内面的に同化させられること。
今の日本ではデジタル写真とPC技術の応用によって、幾何学的遠近法を知らなくてもリアルな絵が描け、それがあたかも古典絵画とイコールのように考えられがちです。しかしこのパノフスキーの本を読むと、本来の遠近法の歴史的な成り立ちと精神的意味内容の重要性を見出すと共に、写真と絵画の違いについても考えるきっかけを与えてくれると思います。