2024年9月3日火曜日

120年前の人物デッサンを模写する

 今回は約120年前にフランスの美術学校で描かれた人物デッサンの模写の過程を紹介します。


このデッサンは模写をおこなうKさん自身が購入したもので、きめの細かい紙に木炭(もしくは合成木炭)で描かれています。デリケートな明暗の変化の上に解剖学的に正確な形をモデリングよって表しています。前屈みのポーズから、実際は杖を持っていたと考えられます。


画面上のサインとハンコから、1902年にナンシーの美術学校で制作されたことがわかります。


模写にあたっては、まず紙と木炭の選択から始めました。
Kさんはいろいろと試してみた結果、紙はキャンソン製の木炭紙の薄口が最もオリジナルの紙に近いと判断しました。木炭は、ルフラン製と二トラム製のものがこの紙に相性がよく、細部や細い線を描く時はゼネラル製のチャコール鉛筆を使用することにしました。


始めに線でプロポーションをできる限り正確にとります。


その後、画面全体を明部と暗部の2つに分け、人体の暗いところから木炭をおいていきます。


続いて背景に移ります。


擦筆やセーム革を使って表面に浮いた木炭をなじませながら、背景の基本となる明度を決めました。

全体の大きな明暗関係ができた段階です。いよいよここから各部分の描き込みに入ります。


木炭で描いては擦筆でなじませる工程を繰り返しながら形をモデリングします。


木炭は大きな面積を簡単に暗くできる反面、落ちやすくてデリケートな明暗の変化をコントロールするのが難しい画材です。擦筆以外に綿棒や練り消しゴムなど様々な手段を試しながら進めていきました。


描けば描くほどオリジナルのデッサンが、明暗法や解剖学に裏付けられた知識で正確な形を滑らかなモデリングで描き表しているのに驚かされます。当時のデッサン教育のレベルの高さを実感します。




終了。


週1回(5時間)の制作で、約半年かけて模写をおこないました。
オリジナルのデッサンが20世紀初頭の明暗(valure)をより現実に近く再現したスタイルのものだったので、技術的難度が高い模写となりました。
教える側も初めての経験で、Kさんと一緒に学ばせていただきました。
木炭の扱い方や明暗の方法など新たな発見が沢山あり、フランスの美術学校における人物デッサンの変遷について再考する機会となりました。西洋絵画の奥深さをあらためて痛感したしだいです。







2024年8月21日水曜日

リアルな再現方法を学ぶ

 今回は夏季特別講座(8/11~18)の様子をお伝えします。
テーマは「見て描く写実絵画技法」で、講師は鳥越一穂氏にお願いいたしました。


基底材は鳥越氏があらかじめ用意したアルミ板(3㎜厚)に、シルバーホワイトとローアンバーで中間色にした油性の地塗りをしたものを使用しました。

左:アルミ板 右:地塗りをしたもの
サイズはF4号(333×242)


描き出しはチョークでモチーフ全体のプロポーションをできるだけ正確に取っていきます。


続いてローアンバーで背景とモチーフの影をつけます。


土性系の彩度が低く乾きの早い絵具で固有色を置き始めます。


徐々に彩度の高い絵具を使って現実の色に近づけていきます。


モチーフの質感を表す筆さばきの方法や絵具の塗り重ねによるハーフトーンの作り方、ハイライトの入れ方など、実際に見て説明を受けながら制作を進めて頂きました。


受講時間は各自さまざまで、どの方も完成には至りませんでしたが、モチーフのリアルな再現のプロセスとコツは学んで頂けたと思います。
「鳥越先生、お疲れさまでした!」














2024年7月19日金曜日

夏休み特別講座のお知らせ

 アトリエラポルトでは正規授業の夏休み中に、画家で技法研究家の鳥越一穂氏を招いて写実絵画技法の特別講座を開催いたします。期間中(8/11〜8/18)は鳥越氏がデモンストレーション制作をおこなうと共に、クラシックな絵画技法や画材についてのご質問から実際にモチーフをセッティングしての油絵制作の指導まで、ご希望のコマ数(1コマ2時間30分・3,300円)に対応した授業をおこないます。日時の選択は自由で、1コマから受講可能です。

受講をご希望の方は、次のメールアドレスか電話番号まで気軽にお問合せください。
皆様のご参加をお待ちしています。

お問合せ先
Eメール: kazuo@torilogy.net
TEL: 080-3637-6633 (LINE可)







 

2024年6月29日土曜日

19世紀の肖像画を模写する

 今回は19世紀初めにフランスで描かれたダヴィッド派の肖像画の模写を紹介します。


模写にはさまざまな方法がありますが、勉強としての模写は単に原画に似せるのではなく学ぶ目的を持って取り組むことが大切です。

今回の模写では、クラシックな油絵のもつ絵具の「透明・不透明」「厚い・薄い」の効果的な使い方や、「温かい・冷たい」と言った微妙な色合いの変化を使ったモデリングを学ぶことを特に重視しました。
その目的から名画とは言えませんが、19世紀前半に描かれたダビィッドに近いオーソドックスな技法で描かれたアトリエラポルト所蔵の肖像画を使いました。


輪郭を転写し後、バンダイクブラウン(ニュートン社)で明暗をつけていきました。


明部はシルバーホワイトを加えて明るめに描きます。この単色の段階で出来る限り正確に形を再現します。


背景から着色していきます。


背景と服に色がついた状態です。


いよいよ顔に入ります。最初に明部と暗部の境目にグレーをおきます。


次に肌の固有色を塗ります。
肌色はイエローオーカー、レッドオーカー、シルバーホワイトをベースに作り、そこにバーミリオンとマダーレーキを加えて色調を合わせます。




原画は口の周辺に修復の跡があり、それが変色して形や色が分かりにくい箇所があります。
模写では描かれた時の状態を再現するようにアドバイスしました。


完成。

19世紀初頭にフランスで制作された肖像画の模写
キャンバスに油彩(410×318)


何度も修正と塗り重ねをおこなった為に、マチエールは原画より厚く、がたついたモデリングになってしまいましたが、目的の寒暖の微妙な変化と透明・不透明の使い分けは良く捉えられています。これに原画のような筆触の効果的な使い方が加わるとより良くなると思います。自作に生かしていって頂ければ幸いです。









2024年6月10日月曜日

サテュロス全身像のデッサン

 今回は難度の高いサテュロスの全身像の石膏デッサンに挑戦したCさんの制作過程を紹介します。


サテュロス(またはサタイヤ)は、ギリシャ神話に登場する半人半獣の精霊で豊穣と欲情の化身として表現されます。オリジナルの彫像はギリシャ時代のヘレニズム期のものと考えられていますが現存していません。忠実なローマ時代のコピーとされるものがウフィツィ美術館にあります。

アトリエ・ラポルトで購入したサテュロス像の製作者「石膏像ドットコム」の脇本氏によると、この石膏像の型取りの元になったのは、1704年にフィレンツェの彫刻家であったマッシミリアーノ・ソルダーニ・ベンツィ(Massimiliano Soldani Benzi 1656-1740)が作ったブロンズ像の縮小複製とのことです。
Wikimedia commonsより


制作するにあたって、像の中央に天井からひもをおろして垂直軸を設定し、それを基準にプロポーションを測っていきました。


プロポーションを線だけで捉えた後、個々の形態をモデリングしてボリュームをつけていきました。


画面全体のバランスを考えテーブルに貝を加えてみました。




完成。


石膏像内の影の分量を少なくして、モデリングによって形態を追求したデッサンになりました。このようなデッサンは19世紀のパリの美術学校でおこなわれていたやり方で、現象的な陰影を再現しようとしたデッサンとは異なり、解剖学の知識に裏打ちされた形態の把握にデリケートなハーフトーンをコントロールしながらのモデリングといった高度な技術を必要とします。これまでのCさんのデッサンへの粘り強い取り組みの成果が出た作品になったと思います。