2013年5月31日金曜日

アトリエの道具と画材 : キャンバス張り器

アトリエ ラポルトで使っている、“すぐれ物”の道具達を紹介します。初回は、キャンバス張り器です。

写真の左から、日本製(ホルベイン)、中央がフランス製(セヌリエ)、そしてここで紹介したいのが、右側のフランス製の張り器です。



まず、大きさの違いに驚かれるのではないでしょうか? (全長31cm、挟み口11cm)


柄が長いので、大きなキャンバスを張る時も、楽に強く張ることができます。

噛み合わせは波型で、キャンバスをがっちり挟んで、滑ることがありません。


















1900年に出版されたE.HAREUX著「Cours complet de peinture a l'huile」の中にも、同じ形のものが記載されています。

この張り器は、元はソファーなどに布を張るために使われていた物で、25年ほど前に購入した時も、画材店ではなく、家具職人の道具を扱っている店、日本の金物問屋のような所でした。残念ながら、今は入手が困難なようです。


フランスの修復家のアトリエ

見た目は、無骨で仕上げも雑に感じますが、使ってみると、とても使いやすく、長年使用してますが、噛み合わせのズレや緩みがありません。フランス人の気質と歴史がよく表れた一品だと思います。



2013年5月23日木曜日

弱められた遠近法と強められた遠近法 2


前回、「弱められた遠近法」について書きましたが、今回は「強められた遠近法」の例を紹介します。


右の写真は、ヴェネツィアのサンマルコ広場を教会側から撮ったものです。非常に奥行のある空間に見えます。











この広場を、航空写真で見てみると、その形が長方形ではなく、教会側を広く取った台形なのが分かります。このことから、サンマルコ教会から広場を見ると、遠近が強まり、実際よりも奥行のある広い空間に感じられるのです。











サンタ・マリア・プレッソ・サン・サティロ教会(ミラノ)

右の例は、ルネサンス時代の建築家ブラマンテによるものです。



正面から見ると、祭壇の後ろに、広い空間があるように見えます。


















ところが、横から見ると、ほとんど奥行きがないのがわかります。






このような例は、イタリアではルネサンスからバロック時代の建造物に数多く見かけられます。







「アナモルフォ―ズ」の著者バルトルシャイティスは、これを「加速された遠近法(Perspective acceleree)」と呼んでいます。



もっと身近な例では、東京ディズニーシーがあります。いたる所に、とても巧みに遠近法の強調がおこなわれ、広い空間感を見る人に与えています。西洋の遠近法の歴史が、現代にも生かされているよい例です。行かれる人は、近づいて山や橋や建物の比率を観察してみると、意外な発見があると思います。



「弱められた遠近法と強められて遠近法」と題して、2回にわたって紹介してみました。

壁画を中心に絵が発達したイタリアでは、置かれる場所や鑑賞位置を考えて、画家は遠近法や構図を決めるのが当たり前におこなわれていました。そもそも遠近法自体がこのような背景から生まれてきたとも言えるのです。このことから、古典絵画にみる遠近法(Perspective centrale)を使った絵画空間とは、現実空間の鑑賞地点からの延長線上にあることが前提となっていました。それに対して、西洋画の歴史の浅い日本では、今日のカメラの進歩も手伝って、鑑賞者や絵を掛ける場所とは無関係な視点から、構図を決めたり、トリミングや広角・望遠レンズで見たような空間を、何の疑問もなく絵に取り入れていることが多いのではないでしょうか?
古典絵画技法を、遠近法から考えてみるのもおもしろいと思います。


2013年5月15日水曜日

弱められた遠近法と強められた遠近法 1

前回、対象と見る位置の関係について触れましたが、別の例を紹介します。


右の写真は、フィレンツェの中心となる大聖堂の鐘楼です。設計者は、ジョットといわれています。

この鐘楼を離れてみると、窓の比率が上の方が大きくなっているのが分かります。


















これを、大聖堂前の広場から見上げると、窓の比率が等しく見えます。 



これとは反対に、例えば現代の高層ビルは、ビルの窓が上下とも等間隔で作られているので、真下に立って見上げると、パースがついて、傾いているような感覚に襲われます。


この鐘塔の設計者ジョットは、そびえ立つ鐘楼の圧迫感を弱め、鐘塔が地面から垂直に建って見えるように、窓の比率の調整をおこなったと考えられます。
 






このように、現実の遠近を鑑賞位置から最も効果的に見えるように修正することは、西洋では遠近法の幾何学に基づいて古くから行われています。




右の図は、1525年に出版されてた、デューラーの「測定法教則」の中のイラストです。


鑑賞者から、文字を等間隔で(同じ大きさで)見せる方法が記されています。














上記の例でみるように、実際の遠近を弱めて表現する方法を、20世紀の美術史家バルトルシャイティス(Jurgis Baltrusaitis)は、アナモルフォ―ズ(Anamorphoses,1984)という著書の中で、「緩慢な遠近法(Perspective ralentie)」と呼んでいます。


Baltrusaitis著
 “ANAMORPHOSES” 1984年

















次回は、もう一方の「強められた遠近法」について、紹介します。



2013年5月10日金曜日

メディチ像の石膏デッサン


右は、アトリエ ラポルトの講師が描いたデッサンです。

石膏デッサンでお馴染みの、ミケランジェロが作ったメディチ像の頭部ですが、実物がどのような状況に置かれているかを、考えながらデッサンした人は、意外に少ないのではないでしょうか?

















実物は、イタリアのフィレンツェにあるメディチ家の礼拝堂の中にあります。

写真のように、鑑賞者からかなり高い位置に置かれています。












ヴェネツィア派の画家ティントレット(1518~1594)も、メディチ像をデッサンしていますが、見上げた角度から考えて、現場で描いているのが分かります。



















西洋ではギリシャ時代から、対象が見る位置によって、どのように変化して見えるかについて、幾何学的に考えてきた歴史があります。特に、遠近法が発明されたルネサンス時代には、非常に発達して、彫刻・絵画・建築などに生かされました。


例えば、ミケランジェロの代表作であるダビデ像は、右のように正面から見ると頭が大きく見え、胴体との関係が不自然に感じますが、実際に設置されていた状況から見ると、下のように自然に見えてきます。





フィレンツェの市庁舎前(現在は模刻が置かれている)


この事から推測して、ミケランジェロは、メディチの頭部を作る時も、鑑賞地点から最も効果的で美しく見えるように、考えていたのではないでしょうか? 

石膏デッサンを、単なる受験や基礎訓練のために描くのは、味気ないものです。せっかく西洋彫刻の傑作を描くのですから、像に込められた、作者の造形上の工夫や配慮、その背後にある歴史を考えてみると、石膏像を描く意味も、また違ったものになってくると思います。




2013年5月1日水曜日

模写をする 10

H君の模写も、いよいよ完成です。

模写を経験された方は、実感されると思いますが、途中までは、意外に簡単に似てくるのですが、仕上げに近づくにつれて、反対に実物から遠ざかっていくような感覚になるものです。

とりわけ原画に近い材料や技法で再現しようとする模写(昨年8月30日のブログを参照)では、経年変化によるニスや絵具の黄ばみを、できるだけ除いて描いていくのでなおさらです。






リアルな表現を得意とするH君も、この点は戸惑われたと思います。


とりあえず原画より僅かに明るい状態で、筆を置くことにします。原画の状態に近くするには、よく乾かした後で(1カ月以上)、仮引き用ニスに、少量のスティルドガラン(レンブラント製)を加えて、ニスの黄ばみを作ってかけると良いでしょう。












細部までよく描き込んだ完成度の高い模写になりました。


単に似ているだけではなく、寒色・暖色の変化を伴ったモデリングも適切に再現されています。


また、筆触や絵具の厚みや、透明・不透明などもよく考慮されています。





写真から絵を描く人は、多いと思いますが、絵肌まで写真のように平滑にするのは、油絵具の特徴を生かしきっているとはいえません。

例えば、アングルやブグローの絵でも、実物を近づいて見ると、驚くほどデリケートに筆触や絵具の厚みや透明度の違いを使って、表現していることが分かります。

H君も、この模写を通して実感されたのではないかと思います。






絵のサイズ:57cm×41cm
長期間に渡り、断続的に制作されたので、原画のような短時間に、生乾きの絵具を塗り重ねたときの、メリハリのあるモデリングや筆触の勢いには乏しいですが、模写としてはとても高いレベルの仕上がりなりました。この模写から、H君もいろいろな発見があったと思います。これからの制作に生かされることを願っています。