それは、ラファエロの描いた聖母像の模写で、長年通われている教会に掛ける目的で制作されました。
原画は1505年ラファエロ22歳の作品です。技術的には師のペルジーノの影響が強く残っています。テンペラと油彩の混合技法と考えられますが、その詳細については未だに分からない点の多い時代のものです。
今回F.hさんには、ラファエロと同じような技法を探りながら模写をするのではなく、現在手に入る油絵具でその時代の色に近いものを選び、キャンバスに油彩という無理のないやり方で制作して頂きました。
使用した絵具:
シルバーホワイト、ネープルスイエロー、イエローオーカ―、レッドオーカ―、バーミリオン、マダーレーキ、ウルトラマシン、ヴィリジャン、テールベルト、アイボリーブラック
溶剤はグザヴィエ・ド・ラングレの処方を参考にしました。
地塗りをして目をつぶしたキャンバス(原画は板)にデッサンを転写して、背景から仕上げていきました。
この時代の絵の特徴は、顔料の美しさを最大限に引き出して表現する点にあります。そのためにF.hさんには、反対色の混色を避けて、同系色の絵具を何層も重ねることで色の深みと明暗(モデリング)を出すようにアドバイスしました。
肌色は全体にテールベルトを均一に塗り、乾いてからレッドオーカ―とシルバーホワイトで中間色調を置いた上に、バーミリオンとシルバーホワイトで明部を描き起こしていきました。
髪の毛はイエローオーカ―とレッドオーカ―で色調を合わせ、暗い部分にはアイボリーブラックを加えました。
幼いキリスト像がほぼ出来上がったところです。ここまで来るのに肌の部分だけでも5~6層は塗り重ねています。
最後に最も難しい聖母の顔を描きました。
ラファエロ作「カウバーの小聖母」の模写(450×330) |
下書きまではご自宅でされてきましたが、それでも週1回(2時間半)の教室での制作で約5か月かかりました。
原画を見ていないのでどこまで近づいたかはわかりませんが、F.hさんの目的には十分な出来栄えとなったと思います。
模写を教える側は、出来るだけ資料をあたってラファエロの技法に近くなるように考えますが、F.hさんの木の葉一枚一枚、髪の毛一本一本を丹念に祈るように描いている姿を見ていると、実はもっともラファエロの精神に近づいているのはF.hさんではないかと思いました。脱帽です。