2015年10月21日水曜日

祈りの模写

今年2月に米寿の記念におこなった初の個展が大成功に終わったF.hさんが次に取り組まれた仕事を紹介します。

それは、ラファエロの描いた聖母像の模写で、長年通われている教会に掛ける目的で制作されました。

原画は1505年ラファエロ22歳の作品です。技術的には師のペルジーノの影響が強く残っています。テンペラと油彩の混合技法と考えられますが、その詳細については未だに分からない点の多い時代のものです。


今回F.hさんには、ラファエロと同じような技法を探りながら模写をするのではなく、現在手に入る油絵具でその時代の色に近いものを選び、キャンバスに油彩という無理のないやり方で制作して頂きました。

使用した絵具:
シルバーホワイト、ネープルスイエロー、イエローオーカ―、レッドオーカ―、バーミリオン、マダーレーキ、ウルトラマシン、ヴィリジャン、テールベルト、アイボリーブラック

溶剤はグザヴィエ・ド・ラングレの処方を参考にしました。

地塗りをして目をつぶしたキャンバス(原画は板)にデッサンを転写して、背景から仕上げていきました。






この時代の絵の特徴は、顔料の美しさを最大限に引き出して表現する点にあります。そのためにF.hさんには、反対色の混色を避けて、同系色の絵具を何層も重ねることで色の深みと明暗(モデリング)を出すようにアドバイスしました。











肌色は全体にテールベルトを均一に塗り、乾いてからレッドオーカ―とシルバーホワイトで中間色調を置いた上に、バーミリオンとシルバーホワイトで明部を描き起こしていきました。


髪の毛はイエローオーカ―とレッドオーカ―で色調を合わせ、暗い部分にはアイボリーブラックを加えました。


幼いキリスト像がほぼ出来上がったところです。ここまで来るのに肌の部分だけでも5~6層は塗り重ねています。


最後に最も難しい聖母の顔を描きました。


ラファエロ作「カウバーの小聖母」の模写(450×330)





下書きまではご自宅でされてきましたが、それでも週1回(2時間半)の教室での制作で約5か月かかりました。

原画を見ていないのでどこまで近づいたかはわかりませんが、F.hさんの目的には十分な出来栄えとなったと思います。




模写を教える側は、出来るだけ資料をあたってラファエロの技法に近くなるように考えますが、F.hさんの木の葉一枚一枚、髪の毛一本一本を丹念に祈るように描いている姿を見ていると、実はもっともラファエロの精神に近づいているのはF.hさんではないかと思いました。脱帽です。
















2015年10月16日金曜日

本の紹介 17 「立体で見る美術がわかる本」


今回は子供向けに作られた、とてもおもしろい美術書を紹介します。

題名は「立体で見る美術がわかる本」で、著者はロン・ファン・デル・メールとフランク・ウィットフォードです。福音館書店から2001年に美術の入門書として出版されました。(原本は1995年オランダで出版。日本語版の翻訳は市川恵里・池上理恵)



同じ著者による本は、15年ほど前にたまたま東京の洋書店で見つけて、その作りの面白さに感心していたところ、その後日本語訳で同じような本が出たので喜んだものです。

その最大の特徴は、美術作品の基本的見方が「とびだす絵本」のように立体的かつ具体的に説明されている点です。

目次は、
・美術はどのように作られるか
・写実的に描く
・光と色
・動き
・模様と構図
・物語となぞ
・スタイルとテーマ
となっていて、それぞれが非常に具体的に「手に取るように」解説されています。
例えば、「美術はどのように作られるか」では、上の絵の写真をめくると、裏に技法と画材の説明が書いてあります。




「写実的に描く」では、なんとフェルメールの部屋が立体的に再現されています。


そしていかにフェルメールが遠近法を駆使して絵を描いたかが驚くほど具体的にわかります。


鑑賞地点(フェルメールの目)が設定されていて、そこから覗くとまさに絵のようです。



「光と色」では、混色の原理について、回転混色板や絵具チューブのイラストを使って説明されています。また絵画への応用例が示されています。


「動き」では、モビールが作れたり、コマ捕り写真から動く映像への発展過程とその影響を受けた美術作品が紹介されています。



「模様と構図」では、装飾(平面)と絵画(空間)の関係から構図について説明されていて、絵画の本質的な問題に触れる思いがします。







「物語となぞ」では、鏡を使った複雑な場面設定で知られるベラスケスのラス・メニーナスの部屋が再現されています。


国王夫妻側から見た場景
ベラスケス側から見た場景




子供向けの絵本と言うより、絵に興味をお持ちの大人の方にも大変参考になる本だと思います。

これだけの内容をわかりやすくこのような本の形で子供に伝えようとする文化的・歴史的背景に感心するばかりです。









2015年10月7日水曜日

日常の一コマをテーマに

アトリエラポルトの最初の受講生で今でも毎週通い続けて頂いているY.kさんが、グループ展出品のために描かれた絵を紹介します。

今回はご自宅の居間を舞台に、いつも身近に接する物たちをモチーフにしました。


家で描いたスケッチやデッサンを基に、教室で油絵を制作しました。写真の左の絵はキャンバスペーパーに描いたスケッチで、右は構図や明暗を考えながらF6号サイズに再構成しているところです。

名所旧跡や高価で煌びやかな品々で目を引く絵ではない分、造形的な魅力をどれだけ見つけ出すかが良い絵になる条件だと思います。小さいサイズだと探しやすく、修正もしやすいので、この段階で時間をかけて煮詰めていきたいところです。

エスキースで構想が定まったら、いよいよ15号のキャンバスに制作です。

このようにベテランのY.kさん位になると、油絵の技術的な問題より、構図や色や明暗などの造形的な面が、作品の良し悪しに大きな影響を与えます。教室では、その点を重視してアドバイスをしています。例えて言えば、「7~8割が構成、2~3割が技法」のような感じです。













「古い暖炉」 F15号






見慣れた日常の一コマが、絵として生まれ変わったような作品で、アンチーム(intime)な雰囲気にあふれています。造形的な面においても、明暗法の中に、黄金分割や大小の矩形の反復とバランスなどを考えた大変凝ったものになっています。退職されてから絵を始められたのが信じられないほどの出来栄えです。








第7回 紙パルプ倶楽部絵画展より


現役時代のお仲間と始められた展覧会も今年で7回目を迎えました。年々規模も大きくなり、作品も充実して見応えのある展覧会になっています。