2024年11月13日水曜日

本の紹介「ウフィツィ美術館蔵 ラファエルロ素描集」

 今回は1984年に岩波書店からファクシミリ版(カラー印刷)で出版された「ウフィツィ美術館蔵 ラファエルロ素描集」を紹介します。



発売当時は大変高額な画集(280,000円)で、総皮の手の込んだ装丁の大型本(520×380)として999冊限定で出版されました。


中を開いてみると、詳しい解説書と図版が1枚ずつ取り出してみれるようになっています。
この画集の一番の魅力は、ラファエルロのデッサンが精巧な印刷で実物と同じサイズで見れることです。



ラファエルロは言うまでもなくルネサンス時代のイタリアを象徴するような偉大な画家で、後の時代の絵の規範として長い間大きな影響を与え続けました。

ここに収められているウフィツィ美術館収蔵の31枚のデッサンは、ラファエルロの初期から晩年までの代表的な作品が集められています。また技法もペンを使ったものから白チョーク・黒チョーク、銀筆(シルバーポイント)、サンギーヌ、ビスタ(Bistre)、鉛白まで多彩で、表現も変化に富んでいます。


例えば、1枚目は友人の画家ピントゥリッキオために描いたモデル素描です。
大きさは70㎝×41㎝もあります。


近づいてみると、ペンで形態を描いた上から白(鉛白)と褐色(ビスタ)で明暗をつけていることがわかります。



以下、年代順にピックアップした表現技法を見ていきます。


横向きの女性  (25.6×16)
銀筆、ペン、黒チョーク、白のハイライト(鉛白)


 

聖ゲオルギウスと竜. (26.2×21,4)
ペン (輪郭に沿って転写した時についた無数の穴が見れる)



聖母子. (21.3×18.4)
黒チョーク、白チョーク、銀筆の跡



キリストの埋葬  (28.7×29.8)
ペン、若干の黒チョーク



聖母子と幼い聖ヨハネ. (28.4×19.1)
ペン、銀筆の跡



「聖体論議」の中のアダム. (35.7×21.2)
黒チョーク、白チョーク



サンタ・マリア・デラ・パーチェ教会のフレスコ画のための習作
サンギーヌ. (33.2×23.9)



「聖ペトロの解放」のための習作. (25.6×41.6)
ペン、ビスタ、鉛白、黒チョークの跡



「フランソワ1世の聖母」のための習作 (33.6×21.4)
サンギーヌ、銀筆の跡



パンテオンの内部景観. (27.8×40.6)
2種類のインクとペン
*このローマ時代に建築されたパンテオンの中に
後の時代にラファエルロの墓が造られた。


ラファエルロの生きた時代は、絵画の技法がテンペラから油絵への移行期にあたる上に、ダ・ヴィンチによって明暗法が確立された時期にも重なります。そのような背景を考えながら眺めると、ラファエルロのデッサンの変遷の中にもその影響が表れています。ただ「うまい」とか「美しい」だけでは終わらせられない絵画表現の奥深さを感じます。

余談ですが、現在古本市場ではこのような大きくて重たい豪華本の値段は暴落しています。アトリエラポルトで購入したこの本は、神保町で約20,000円でした。発売当時は見ることすらできなかった本がこのような値段で手に入るのは嬉しいことですが、出版に携わった方々の労力や資料的価値の高さを考えるとちょっと寂しい気もします。



2024年10月31日木曜日

ついに入手! 19世紀のエコール・デ・ボザール様式の石膏デッサン

 今回はアトリエラポルトの参考作品として、ようやく実物を手にすることができたデッサンを紹介します。

それは、19世紀のパリの美術学校(École des Beaux-Arte de Paris)で制作されたと考えられる典型的な新古典主義様式の石膏デッサンです。


裏には、作者のPelezのサインと’’Pelez eleve de M Cabanel et Barrias’’ 「カバネル氏とバリアス氏の生徒 ペレーズ」と読み取れる記述があります。



調べてみると、Fernand PELEZ(1843-1913) という画家が存在して、パリの美術学校でカバネル(Alexandre Cabanel)の指導を受けています。パリの美術学校にも同じスタイルのデッサンが収蔵されていて高い評価がついています。残念ながらこのデッサンは時間がなかったのか、頭部と足が描きたりませんが、当時のデッサンの描き方がとても良くわかる貴重な資料です。





これから受講生の皆さんと時間をかけて模写をしたり資料を調べたりして、フランスのアカデミックなデッサンの真髄に迫りたいと思います。



余談ですが、作者のフェルナン・ペレーズは、1866年からサロンに歴史画を出品し、1880年頃からルパージュに影響されて貧しい人々を描くようになり、その後象徴主義的な作風に転じた興味深い画家でした。2009年にパリ市立プティ・パレ美術館で回顧展がおこなわれ再評価されたとのことです。








2024年10月13日日曜日

知っていると便利 ワイプアウト技法(Wipeout Painting Technique)

今回はワイプアウト技法による油絵の下書き方法を紹介します。
ワイプアウトは、画面全体に素早く明暗を付けるのに便利な方法です。
実践して頂いたのはアトリエラポルト4年目のSさんです。

ワイプアウトをおこなうには、事前に構図も含めたデッサンができていることが必要です。
それを、油絵具の溶剤で取れないように、顔料インクのボールペンかフェルトペンでキャンバスに定着します。


使用する絵具は、堅牢で乾きの早いものを選びます。今回はバーントアンバーを選びました。
少量をキャンバスに直接出します。



薄めの溶き油を多めに垂らして、脱脂綿で伸ばします。


円を描くようにして均一に塗ります。


濃さは好みでかまいませんが、ベッタリ塗り過ぎると乾きが遅くなる上に上層の色に影響を与えるので、薄く明るめに塗るのがコツです。


ボロ布を使って明るい部分を拭いていきます。


細かい箇所は、綿棒を使うとよいでしょう。


明るい所が拭き取れたら、影などの暗い部分を同じ絵具で加筆して終わりにします。



ワイプアウト技法による下書きができました。
ワイプアウトは筆よりも早く塗れ、対象の明暗関係を大づかみ捉える下書きに適しています。
この後、数日乾かしてから固有色を置いていくとよいでしょう。



2024年9月29日日曜日

ガラスモザイクの世界

 今回は10月17日から24日までギャラリー・エスパス・ラポルトで開催されるガラスモザイク画展を紹介します。


制作者の小黒哲夫氏は、パリの国立高等装飾美術学校 (École Nationale Supérieure des Arts Décoratifs)でモザイクやフレスコの技法を学ばれ、帰国後は美術専門学校で新たな美術教育システムの創設に取り組まれると共に、住宅や公共施設へのモザイク装飾を手掛けてこられました。近年は、絵画としてのガラスモザイクの可能性に着目し、限られた造形要素からのリアルな表現を追求されています。この度の展覧会はそのガラスモザイク画による初めての個展となります。


展覧会DMより


また、19日(土)と20日(日)は、ギャラリー内でワークショップもおこないます。小黒氏のモザイク技法の中には、西洋絵画の造形方法を理解する上で参考に事が多く含まれています。この機会に本場のモザイク技法を是非ご体験ください。



小黒哲夫「モザイク画展」
日時: 2014年10月17日〜24日 (10:00〜18:00 最終日は16:00まで)  期間中無休
場所: ギャラリー・エスパス・ラポルト 
   東京都中央区日本橋小伝馬町17-9   さとうビル1階

ワークショップ
 10月19日と20日(14:00〜17:00]
 費用:1回3,000円 材料費500円
お申し込み
 tel:090-2485-2076
 mal; gurotti.o@icloud.com
 (または、アトリエ・ラポルトまで)
 

2024年9月3日火曜日

120年前の人物デッサンを模写する

 今回は約120年前にフランスの美術学校で描かれた人物デッサンの模写の過程を紹介します。


このデッサンは模写をおこなうKさん自身が購入したもので、きめの細かい紙に木炭(もしくは合成木炭)で描かれています。デリケートな明暗の変化の上に解剖学的に正確な形をモデリングよって表しています。前屈みのポーズから、実際は杖を持っていたと考えられます。


画面上のサインとハンコから、1902年にナンシーの美術学校で制作されたことがわかります。


模写にあたっては、まず紙と木炭の選択から始めました。
Kさんはいろいろと試してみた結果、紙はキャンソン製の木炭紙の薄口が最もオリジナルの紙に近いと判断しました。木炭は、ルフラン製と二トラム製のものがこの紙に相性がよく、細部や細い線を描く時はゼネラル製のチャコール鉛筆を使用することにしました。


始めに線でプロポーションをできる限り正確にとります。


その後、画面全体を明部と暗部の2つに分け、人体の暗いところから木炭をおいていきます。


続いて背景に移ります。


擦筆やセーム革を使って表面に浮いた木炭をなじませながら、背景の基本となる明度を決めました。

全体の大きな明暗関係ができた段階です。いよいよここから各部分の描き込みに入ります。


木炭で描いては擦筆でなじませる工程を繰り返しながら形をモデリングします。


木炭は大きな面積を簡単に暗くできる反面、落ちやすくてデリケートな明暗の変化をコントロールするのが難しい画材です。擦筆以外に綿棒や練り消しゴムなど様々な手段を試しながら進めていきました。


描けば描くほどオリジナルのデッサンが、明暗法や解剖学に裏付けられた知識で正確な形を滑らかなモデリングで描き表しているのに驚かされます。当時のデッサン教育のレベルの高さを実感します。




終了。


週1回(5時間)の制作で、約半年かけて模写をおこないました。
オリジナルのデッサンが20世紀初頭の明暗(valure)をより現実に近く再現したスタイルのものだったので、技術的難度が高い模写となりました。
教える側も初めての経験で、Kさんと一緒に学ばせていただきました。
木炭の扱い方や明暗の方法など新たな発見が沢山あり、フランスの美術学校における人物デッサンの変遷について再考する機会となりました。西洋絵画の奥深さをあらためて痛感したしだいです。