2014年5月9日金曜日

印象派の描き方に戻って

しばらくクラシックな手法で静物画を描いていたNさんが、久しぶりに印象派の方法に戻って制作された風景画を紹介します。







印象派の方法について書いた本で歴史的にも重要なのが、ポール・シニャック(Paul Signac 1863-1935)の書いた「ウジューヌ・ドラクロアから新印象主義」(D'Eugene Dolacroix au Neo-Imprssionnisme.1898)です。

その中でシニャックは、印象派の目的を「可能な限り(自然)の輝きを絵具で生み出す」とし、その手段のひとつとして「太陽のスペクトルに近い純粋な色だけをパレットに配置する」としています。



そしてこれらの絵具に白を加えて明度の変化を作ります。ここで誤解しやすいのが、現在日本の色彩学は、マンセル(A.Munsell 1858-1918)の理論が主流になっている為、白を加えると「彩度(Chroma)が落ちる」、すなわち「鮮やかさが落ちる」と考えてしまいがちなところです。

実際はそれとは反対に、印象派の画家たちは、スペクトルによる光の混色(加法混色)の再現を絵具で試みようとした訳で、白を加えることは、白色光すなわち太陽の光に近づき「輝度(Luminance)が上がる」と考えていました。印象派の絵がハイトーンになっていった理由も、このことを踏まえると理解できると思います。



今回のNさんの風景は、ご自宅近くの池のある公園で、水に反射する光の煌きの表現が見せ所です。


ますは、白いキャンバスにウルトラマリンでデッサンを定着させた後、点を打つように絵具を置いていきました。
草木の緑色が画面の大半を占める絵ですが、光の煌きを表すには、反対色である暖かい色の並置の仕方が重要なポイントとなります。
また、現実の緑と水に映る緑の描き分けや遠近感の表現も難しい所です。
















水辺の風景 F8号



途中で絵具を擦り付けて色が濁ってしまい、どうなることかと心配しましたが、粘り強く制作されて最後にはたっぷりと絵具の載った印象派らしいマチエールの絵に仕上がりました。青色の変化がいささか単調ですが、筆触や色の並置の仕方も工夫されて、光の輝きを感じさせるのに成功していると思います。ただ、このような手法でアトリエで制作する場合は、現場の写生を怠るとつまらない工芸画のようになってしまいますので注意が必要です。





















2014年4月27日日曜日

幾何形体のデッサンから始める

今年の2月からアトリエラポルトに来て頂いているKさん(女性)のデッサンを2点紹介します。

絵を習うのは高校生以来とのことでしたので、最初に幾何形体のデッサンから始めました。











幾何形体は、縦横のプロポーションや遠近法を正確に測からないと、形が狂うことを理解するのに良いモチーフです。

また、明暗の配置やモデリングの方法を、じっくりと考えながら練習するのにも適しています。



幾何形体:画用紙(305×254)に鉛筆


丁寧に幾何形体を観察して描いた姿が伝わってくるようなデッサンに仕上がりました。形や明暗の的確な表現は、初めてのデッサンとは思えない出来栄えです。




続いて、白い静物を描きました。構図について若干の説明をしながら、自らモチーフを組んでもらいました。



幾何形体で学んだ対象の見方や明暗の付け方を応用して描いていきました。




白い静物:画用紙(305×254)に鉛筆



約15時間かかって出来上がりました。幾何形体同様の丁寧な仕事ぶりに驚かされました。高校生以来絵を習ったことがないと言うのがウソ(?)のようなデッサンです。


特にデリケートなモデリングによるボリュームの捉え方にKさんの資質を感じます。今後の絵の制作にも生かしていってもらえればと思います。



2014年4月20日日曜日

裸婦デッサン 2

アトリエラポルトの講師が描いた裸婦デッサンの紹介の2回目です。 



裸婦デッサン (550×375)



裸婦デッサン (550×375)



裸婦デッサン (550×375)


どのデッサンも中間色の紙(キャンソン社製 ミタント紙)にチャコール鉛筆の白と黒で描いたものです。このような手法は、白と黒による滑らかなグラデーションを作れるようになるまで練習が必要ですが、短時間でリアルなボリュームと空間を表現することが可能です。西洋では16世紀頃から行われるようになり、18世紀の画家プリュードン(Prud'hon,1758-1823)のデッサンがその代表的な例と言えるでしょう。




2014年4月13日日曜日

旅の思い出を描く

エスキース(オイル オン ペーパー)
旅の思い出を絵にすることは、絵を描く大きな喜びの一つです。

今回紹介する制作過程は、Yさんが数年前に行ったヴェネチアの思い出を、スケッチと写真をもとに教室で描かれたものです。

構図を決めたデッサンにマス目を入れて、キャンバスに転写しました。
現実に見た風景の色合いを、アトリエの中で記憶と写真を頼りに再現することは、非常に難しい作業です。大概の場合実感の伴わない単調な色になりがちです。 そこで今回は、あえて現実の色の再現を目差さず、暖色と寒色の形の組み合わせを造形上のテーマにして制作を試みてもらいました。
まずは、暖色の絵具だけで明暗をつけていきました。使用した絵具は、イエローオーカー、レッドオーカー、ローシェンナ、バーントアンバー、ネープルスイエロー、バーミリオンです。


暖色だけによる制作がほぼ出来上がったところです。この時のコツは、対象の固有色を無理に出そうとせずに、暖色の中にも冷ための色と暖かめの色があることを利用して、光と影や距離感に応じてそれらを使い分ける事です。



次に寒色を置いていきます。使った絵具は、セルリアンブルー、コバルトブルー、ウルトラマリン、ヴィリジャン、ローアンバー、ランプブラックです。

最も面積の大きい空から決めていき、それを基準にバランスを考えながら他の寒色の領域を配置していきました。


暖色の上に寒色を重ねる時は、べた塗りにならないようにパートのある絵具を点描画のように置いていきます。隙間から見える暖色が豊かなニュアンスを与えてくれます。




















ヴェネチア P15号


形と色の組み合わせが明快な絵に仕上がりました。

現実の色の再現から離れて制作することに違和感を持たれる方も多いと思いますが、美術史からみると後期印象派のゴッホやゴーギャンからナビ派やマチスに至るまで、現実の色の再現というよりも、色の効果を論理的に考えて表現しています。今回のYさんの制作方法は、そのような絵の方向に向かわれる際の手掛かりなるのではないかと思います。


2014年4月1日火曜日

裸婦デッサン 1

アトリエラポルトの講師が描いた裸婦デッサンを紹介します。 


どのデッサンも中間色の紙(キャンソン社製 ミタント紙)にチャコール鉛筆の白と黒で描いたものです。

          
裸婦デッサン (550×375)


裸婦デッサン (550×375)


裸婦デッサン (550×375)

2014年3月14日金曜日

模写から自作へ

昨年ジョージ・ロムニーの模写をされたEさんが、その時と同じ技法を使って静物画を描かれたので紹介します。 模写の時のブログも参考に見て頂ければと思います。











ロムニー作「エマ・ハミルトンの肖像」
模写


また、モチーフを組むにあたっても、全体の色の配分をロムニーの作品と同じように考えてみました。


・いちご → 服の色  : テーマの色(トニック)
・テーブルクロスと水差し → 空と雲の色 : 統一色(ドミナント)
・背景の布とレモン → 木の葉、森 : 中間の色(メディアント)




始めにカッセルアースで、デッサンをとった後、明部をシルバーホワイトで描き起こします。

明暗が決まった後、固有色をつけていきました。



背景から仕上ていきます。パレット上では、できるだけ色を混色せず、下層のグレーを利用しながら、画面上での塗り重ねで狙った色をだしていきます。

主役のいちごは、バーミリオンとマダーレーキをベースに鮮やかさを保ちながら描き込んでいきます。


常にモチーフと見比べながら、影や反射光などの微妙な色合いの変化を追っていきます。














いちご F6号



絵具の本来持っている色の美しさを最大限に引き出した鮮やかな色調の絵で、これまでのEさんの絵にはなかったものです。模写で勉強された成果が表れた作品になりました。





「模写は個性を殺す」と言って否定される方もいますが、技術を学ぶ上ではとても有効な方法だと思います。










2014年3月5日水曜日

本の紹介 11 : 「絵画の保存」 ナショナル・ギャラリー・ポケットガイド 

今回紹介する本は、ロンドンのナショナル・ギャラリー・ポケット・ガイドシリーズの一冊、「絵画の保存」です。著者は、デイヴィド・ボンフォードで、日本語版は2010年に、ありな書房(1500円)から出版されています。


最近日本でも西洋絵画の修復に興味をもたれている方が増えていると思います。修復家の書いた本や、修復結果の報告書なども多数手に入る時代になりました。そのような中でこの本は、最先端の修復の現場が、どのような考え方や方法で修復を行っているかが、豊富な写真と共に分かりやすく解説されています。

洗浄作業













目次は下記のようになっています。

・保存の歴史
・絵画の素材と構造
・変化と劣化
・修復対保存
・現代の保存方法
・洗浄と修復へのアプローチ
・修復問題の考察

全79ページのポケットサイズのガイドブックですが、侮れない内容になっています。



特に興味深いのは、絵の洗浄と加筆の実態です。




右の2点は、スーラとラファエロの代表作の洗浄の例ですが、洗浄でこれほどまでに色彩が蘇るのに驚かされると思います。






















そして次の2点は、絵具の剥落の状態と加筆による修復結果です。











剥落部分が、補筆によって見事に見えなくなっています。
低圧吸引テーブル

ただこれを見ていると、美術館や画集で目にしている絵の、いったいどこまで本当の画家が描いたのか疑問にも思えてきます。


低圧テーブル













また、最新の裏打ちや絵具層の再定着の機械などが紹介されています。

パネル接合テーブル




























西洋絵画の展覧会に行くと、数百年前の絵がつい最近描かれたような綺麗な状態で展示されているのを見て、驚かされることがあります。そこには、画家自身の優れた技術に加え、後世の修復家達の地道な研究と気の遠くなるような作業があったのを、この本は教えてくれます。絵の修復に関心のない人にも、読んで戴きたい一冊です。