前回に引き続きUさんの石膏デッサンを紹介しながら「線で形を表す」デッサンについて考察します。
今回、特に参考にした本が1844年にパリで出版されたミケランジェロの銅版画による画集です。写真製版のなかった時代に、シンプルな線だけでミケランジェロの全作品を再現しています。版画の技術的な制約からだけでく、当時の新古典主義の影響を感じさせる画集です。
線だけで描く事は非常に抽象化された手段で、現実のリアルな再現からは遠ざかりますが、明確で認識しやすい形を表す事ができます。
線の表現手段は、「直線ー曲線」「長いー短い」「太いー細い」「濃くー薄く」と、その組み合わせしかありません。対象を見ながら、それらの線の要素を適切に使って前後関係やボリュームを出すには、形を良く理解する必要があります。美術解剖学の知識も必須です。
さて、Uさんのデッサンがどのようになったかを見ていきます。
ファルコネ作 ヴィーナス立像 画用紙(650×500)に鉛筆 |
陰影がないので一見簡単に描いたように見えますが、30時間位かかって描き上げました。陰影に頼らず線だけで形を描き表すのは、慣れないと意外に難しく時間のかかるものです。
例えば、次の画像は右腕の肘の部分の写真ですが、ただ見ているだけでは線の変化する位置や前後関係などが分かりにくいと思います。
実際に触ってみたり、美術解剖学の本を参考にしたりして、Uさんはこのように描き表しました。
膝の関節も難しい部分です。
モデリングもしない条件だったので、膝の内側の線を入れる位置と組み合わせに苦労されました。
線で描く場合、輪郭線の変化が内側の形とどう関係しているかを理解してないと的確な形のボリュームは出せません。明暗から始めるデッサンでは曖昧にしがちな所です。
このような基礎としてのデッサンでは、存在する形はすべて描くのが原則です。
陰影をつけてごまかせない分、忍耐のいる作業になりますが、形に対する理解は深まります。また、線の長短によるプロポーションやリズムの重要性についても実感できると思います。
日本では石膏デッサンを受験との関係で学ぶことが多く、短時間で明暗を使って見栄えのする方法が追求されてきました。そこには、西洋のデッサンの基本である「存在する形を表す」方法としてのデッサンの見方や技術が欠けているように感じます。
今回のUさんのデッサンは、写真のような見えたままの引き写しとは異なりますが、細部まで形を描き切った力作です。中世からルネサンスを経て20世紀のマチスやピカソに至るまで、西洋絵画の中に潜むこうした物の見方を学ぶことは、絵の理解と表現に広がりを与えてくれると思います。
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